明石順三⑤

明石氏がついに組織に見切りをつけた理由の1つは大戦前後の組織本部の偽善です。

明石氏が兵役拒否による投獄中に経験した仕打ちは壮絶なものがあります。

『1939年8月に,明石順三だけが尾久警察署に移され,そこで7か月にわたり,特高警察の宗教部による取り調べを受けました。事実に反する「自白」をさせるために,暴行が加えられました。明石は連日連夜拷問を受け,監房では蚊やシラミや南京虫などの毒虫の同居に悩まされました。ける,何度も床の上に殴り倒す,別人のようになるまで顔面を殴るなどの暴行を受け,全身傷だらけになりました』


ところが当の本部はというと、敵がナチスだろうがなんだろうが中立のはずなのに、ドイツや同盟国の信者を生贄にして「後で美談にしてやるから死んでくれ」と言わんばかりにナチスを非難したのに、自分たちはアメリカの大星条旗が掲げられた会場で小ぎれいにスーツとネクタイで身を飾り、大会を開いていました。そのことについて明石氏はこう語っています。

『今次大戦中本会の指導下に神と主イエス・キリストの神命に忠実ならんとして,多くのクリスチャンは殺害,暴行,投獄,監禁その他のあらゆる迫害を蒙り候。然るに余の出獄後聞く処によれば,ブルックリン総本部部員にして大戦中に検挙投獄されたる者殆ど無しとの事にて候。これ果して何の意味を有するものに候や・・・総本部が今次大戦を通じ如何なる巧妙手段を以ってよく其の苦難を回避し得たるかはともかくとして,もし本会の自称する如く “本会は地上における神の組織制度なり”の主張が事実なりとせば,体の末端の大部分が敵側の手によってかくも莫大なる苦難を受けたるにかかわらず,中心たる総本部がほとんど無疵の状態においてこの大苦難時を無事に通過し得る理由は絶対に成立致さず候・・』

もう1つの理由は、会長がノアに代わったものの、彼もただの「組織人間」だったからでしょう。

強権を振るったラザフォードはようやく死にましたが、3代目ノアの関心は組織を拡大することだけでした。結局、ラッセルの聖書解釈をベースに、ラザフォードの「イスラエルの神エホバの組織」と「旧約的選民思想の復活」の組み合わせを足したものがエホ証の基本解釈として定着し、ノアは組織管理のマネジメント手腕はそれなりにあったのかもしれませんが、聖書の理解を探究することには関心がなかったか、探究するだけの思考力を持ち合わせていなかったようです。明石氏は、当時の組織や方針について「10年以上聖書真理の解明に進歩を認め得ず」「ワッチタワー協会員の獲得運動の奨励に過ぎず」と批評しています。さらにノアは会長就任直後の1943年には神学校ならぬ「ギレアデ学校」を開設し、これも明石氏は「聖書の示す所と完全に背反逆行せり」と批判しています。

明石氏はラザフォードがラッセルを否定し、独善的な選民思想を助長する解釈を前面に出した1926年以降も、20年以上聖書の教えを広めることに尽力し、大戦中は信仰ゆえに過酷な仕打ちも受けた。しかし組織は「偽善者」を演じ続けた、の一言で切り捨てる。

近年、世代交代した統治体も権力基盤固めに余念がなく、調整と言いつつ前任者の解釈を否定し、組織至上主義さらにそのトップに立つ統治体至上主義を加速させています。「奇妙で異例な指示でも従え」など、出版物のテイストも「随分違う内容」に変わってきています。最新の奴隷の解釈でも、ラッセルを除外しラザフォードを「初代奴隷」とするなど、会長権限を手にするや「ラッセル派」をことごとく追放してものみの塔の執筆をのっ取り専制を始めたラザフォードのやり方に忠実に倣っています。

しかし組織に忠実な信者の言い分は、今の組織に同意できなければすぐ辞めろ、偽善者だ、というものです。このブログに対してもそんな典型的なコメントをされてきた方がいます。

どんなに長年、布教や活動に尽くしてきた人でも、上から一方的に振りかざされる解釈や方針に同意できなければその瞬間から「サタンの手先・背教者・偽善者」呼ばわりするのが、彼らの言う神の組織を腐敗させている真の友の正体です。

そういう人たちこそ、だれの追随者になっているのか、考えてほしいと思います。

ラッセルが地的な組織を作らなかったのは、それが『僧職者による支配,宗教会議で作り出された信条に従うことを条件とする会員の地位』に結びつくからではなかったのですか。今のJW組織を見て、絶対にそうなってはいないと、だれが言えるのでしょうか。
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同感!

自分も明石順三に関してブログで書いていますが同感。

今のエホバの証人は灯台社時代はなかったことにしろ!では失礼極まりない!

戦後の一時期まではエホバの証人も明石順三を評価していたのに今は冷たい仕打ち。

愚かなりエホバの証人!というしかない。無念・・・

Re: 同感!

主権論争の解釈を「人間の忠誠(結局は組織への)」にまで勝手に広げることで、個々の感情、精神的な傷、人生の重み、人の命さえ、すべては(組織によって代表される)神の主権が優先されるとの暴走が加速し、愛と憐みの神を崇拝するどころか、軍隊じみた忠誠が要求される組織になってしまったと感じます。

明石順三時代の記録

今のエホバの証人が明石順三の存在を無視しているのは戦前は灯台社の時代に輸血拒否をしていなかったことが分かるからだと思います。

http://blog.livedoor.jp/csmradio/archives/32396287.html

今のエホバの証人は灯台社時代の栄光の記録を黙殺して組織拡大で別のものだと思うと批判されて当然。

戦後、すぐはエホバの証人も灯台社のことを知って入信したいい人が多かったのに今は劣化が激しいと思います。

昔に戻れないのでしょうかね?

変化する組織

以前、読んだ本ですがある人たちが
難病の人たちを支援しようと、理想に燃えて組織を立ち上げたのですが、賛同や寄付が集まり組織が拡大し、活動に専従する人(組織の経済力によって生活する人)が現れると、いつの間にか組織の存在自体が目的となり、おかしな事が起こってくるそうで、たとえば集会に患者本人や家族の出席が少ないと患者さんやそのご家族に苦情が向けられる(患者さんやご家族は病状や看護があるので出席が難しいのは当たり前なのですが、患者さんやそのご家族が出席しない集会では世間にアピールできない)また、成員に対しても集会に出席しないと「今現在も難病で亡くなっておられる方がいらっしゃるのに何とも思わないのか!」などと半ば脅迫めいたことを言ったり、患者さんの中には難病ではあっても、明るく積極的に生きていこうとされる方もおられますが、そのような方の発言を妨害(患者さん達が明るい表情では世間にアピールできない)したりする事が起きたそうです。
組織が変化していく事に何だか共通する部分があるようですが。

Re: 明石順三時代の記録

一昔前は布教中に灯台社とのつながりを質問されることもありました。そういう人は大抵、灯台社や明石氏に好意的な印象を持っていました。残念なことに質問されるJWの方が灯台社のことを知らない、知らされていない、という実情です。

最近はJWを灯台社とつなげて考える人はほぼいません。別記事でも書きましたが、今のJWは灯台社のような信念を貫く少数のグループ、というよりも、薄っぺらいところの人あたりはいいのでJWはみんないい人たち♪で自分も受け入れてくれる居場所が欲しいとか、「報い重視」の楽園で永遠に生きたい♪とかそんな理由で勧誘される人が多いです。数は多少増えたのかもしれませんが、質は劣化したのは間違いないです。

Re: 変化する組織

>ひとつぶの雨さん

人のための組織のはずが、いつのまにか組織のための人にされてゆく・・「集会の出席率」をとやかく言われるあたり、今のJWとそっくりですね。人のための集会ではなく、集会と組織をアピールするための人ですか・・

エホバの証人は日本共産党?

GUABELLOさん。

コメントに感謝。

実は自分も灯台社のことで気になっていたのですがエホバの証人も日本共産党の仲間か?という誤解もあったのではないか?と思うんです。

灯台社とか共産党とかに関心がある人はエホ証に好感を感じていて『ものみの塔』をもらってもいい反応を示したが日本共産党の『赤旗』が嫌いならばエホ証は共産党か!といって激しく拒否!

一時期まで日本共産党も灯台社の末裔のエホバの証人には好意的だったが輸血拒否で問題を起こすと敵対するようになったとか?

結局、エホ証が悪いのは輸血拒否だったのか?と思っています。

そうですね~

情熱を持ってやっている人たちも多いですね。
特に外国に行ってる人たちとか。確かに、彼らは生ぬるくは、ない。

しかし・・・・。
灯台社時代の人たちのように自分たちがやっていることを自分できちんと理解して信念の元に行動しているのか??
本人たちはそのつもりだと思うのですが、
とにかく組織の言うことに従順に従うのが神に従うことと、そういう信念を持っているようです。
そして、ある意味、私はこれが怖いと思う。

軍部にあおられ、打倒鬼畜米英に燃えた政治家の日本の民衆。
ヒトラーにあおられ、広場でハイル!ヒトラー!と、叫ぶ民衆。
彼らも自分たちの行動の意味を考えていなかった。
いや、考える力を奪われてしまっていたのでしょうか。
やはり、人々の心の構造って昔から変わらないのかなぁ。と。つくづく。

やはり、宗教って麻薬的な効果があってどっぷりはまってしまった者には
景色が違って見えるんでしょうか?
わたしは、昔からそこまで精神的には、はまれなかった者ですが。

最近、ここまで組織が変化してきているのに気づかず、
相変わらず、組織に感謝!とか言ってる熱心な人たちを見てると、
正直、不気味というか気持ち悪さを感じてしまいます。

Re: エホバの証人は日本共産党?

>証さん

共産党との関係は自分もよく分からないのですが、結果としての理想論は似ていますね。

自分もエホ証が輸血という医療行為にまで踏み込んだのは大きな過ちだと思います。もともと「血を避ける」というのは動物を殺生して食用にする時に、命を神聖なものとみなす儀式的行為でした。

生きたままの人から、命を救うために輸液することを禁じるとは本末転倒です。命よりも独自の解釈に基づく戒律そのものを神聖視しています。

Re: そうですね~

>スナフキンさん

灯台社や明石氏についてはJWの文献とネットを調べた程度ですが、彼らは「灯台社」や「エホバの証人」という組織に忠誠を誓い、その組織の維持と存続に人生を賭けていた訳ではないと思います。だからこそ、明石氏が公開質問状で指摘したように、組織が「ワッチワター総本部への盲従」を要求しているに過ぎないことが明らかになった時、その信念を曲げずに人間に追随することをやめたのだと思います。組織の方は「明石の追随者だった」で切り捨てる訳ですが・・

No title

その後、明石順三氏は独自の宗教の分野を開拓していったそうですが、
どうも、JWから離れると、宗教的には迷走状態に陥ってしまうのかもしれませんね。
それはそれで、切なく感じます。
やはり、彼は宗教を必要とする人だったのでしょうね。

自分の場合は離れたときはもう、宗教とは関わりのない生活をしていきたいですね。特に組織的なものとは。

ま~、JW的には明石氏もレイモンドフランズ氏も復活するということですから、楽園にいってからどういうことだったのか詳しく聞いてみたいものですな。
大背教者ソロモンが復活するそうですから、彼らも復活しますよね。
しかし、生きてるうちにハルマゲドンが来た場合、彼らにそそのかされて組織を離れた人は滅ぼされる訳ですが、当の背教者の親玉本人は復活するというわけですからこれまた、切ない話ですね。
すみません。愚痴っぽくなってしまって。

戦前の日本共産党と灯台社

戦前の灯台社の明石順三は宮城刑務所に収監されて日本共産党の幹部から聖書の励ましもあったみたいです。

http://blog.livedoor.jp/csmradio/archives/33168459.html

戦後になってエホバの証人が輸血拒否でトラブル。昔は灯台社に好意的だった日本共産党もエホ証をカルトと批判。

輸血拒否をエホ証は隠していてかつての味方まで裏切った大罪か?と思います。

Re: No title

>スナフキンさん

復活する会いたい人が明石氏とフランズ氏とは、組織内では口が裂けても言えませんね(笑)
自分も、組織宗教と関わることはあっても組織に魂を売ることは二度としないと思います。

Re: 戦前の日本共産党と灯台社

>証さん

戦前から戦後にかけては、反戦・非武力などの点で通じるものがあったようですね。

同じ拒否でも兵役拒否と輸血拒否は全く別物です。統治体が来月にでも「部分輸血に加えて全血輸血も個人の良心」という記事を出せば、「全面解禁」だ、とか言い出すでしょう。およそ個人の信念と呼べるものではありません。

ここのところ

明石氏に思いをはせて日々を過ごしてきました。
じつは、高校生の頃、興味を持ち、自分なりに過去の年鑑などを調べて見たことがありました。当時はもちろん、協会の出版物しか見ませんでしたが、刑務所に入れられてそこまで忠実を保ったのに背教してしまうなんてなんて残念なことだろう、と、思いました。
同時に、人は自分に注目させたいという動機だけでそこまでできるものなのかな?
明石氏の側の言い分はどうなんだろうな?と、漠然とした疑問も持ったのをいまでも覚えています。
彼の見方が絶対的に正しかったとは思いませんが、少なくとも当時から本部に見られた腐敗した傾向に彼は気づいていたと言うことですね。
命をかけて守ってきたものに裏切られた彼のガッカリ感はきっと、我々の比ではないでしょうね。
やり場のない怒りと喪失感に呆然と立ち尽くしたに違いありません。
きっと、彼は組織のおかしさに早くから気づいていたものの、神がそれを正されることに期待し、そこに賭けて灯台社の活動に力を注いでいたのでしょう。この点も、我々と似ていますね。
でも、ついに、それが限界に達する時がきたのでしょうね。
フランズ氏もおそらくそうだったのでしょう。

我々はまだ幸せなのかもしれません。今ではこうして、ネットを通して、ある程度公平な情報も得ることができますし、もちろん、情報の真偽は自分の責任で判断しなければなりませんが、少なくとも、こういう時代に生きることができているのは、明石氏の時代に比べると幸せなことなのかもしれないな、ということを感じました。

Re: ここのところ

明石氏と灯台社については自分も限られた情報しかもっていませんが、明石氏は1926年以降の解釈には同意していなかった、というものみの塔の記述が正しいなら、葛藤する時期もあったのではないかと思います。

フランズ氏は本を出しましたが、灯台社の方たちからの話はあまり聞き及びません。おそらく、当時の灯台社は本部との繋がりも今ほどではなく、ものみの塔と袂を分かったのも代表である明石氏がそうしたことによる影響が大きいので、明石氏は信者を自分につけようと画策した偽善者だ、と組織は言うのかもしれません。本部の最高指導部まで経験して、その裏側の偽善を目にしたフランズ氏とは状況が少し違うのかと思いました。

いつも丁寧な返信ありがとうございます。

なるほど、明石氏とフランズ氏両者似ているようで、似ていないところもあり。
興味深いですね。ますます、楽園で会見したくなってきました。(笑)
友達になれそうな予感はありませんが・・・。
お二人に同時インタビュー、ネット中継とかしたらまずいですかね?(笑) 

それにしても、切ない・・・。
結局、勝てば官軍。勝った方が正しい。
仮に、明石氏に共感する人々が増えていれば、お互いに批判しあう、ふたつの団体が存在していたのかもしれないな、と思いますが、jwから離れていく人たちは組織に幻滅を感じて離れていくので、組織宗教を新しく立ち上げることに興味がないんでしょうかね?あとは、離れていく人たちってたぶんマニアックすぎるんでしょうね。

もともと、ラッセル兄弟の既存のキリスト教会への批判と幻滅がスタートだったので、それがここまで国際的な組織に成長したというのはすごいことと言えばすごいことなんですけどね。
もっとも、規模がでかい宗教はほかにたくさんあるし、それだけで正しいことにはなりません。
jwは言っていることは基本的に立派で理想も高く、それ故に正しいことを愛する人たちをひきつけてきたんだと思います。自分もそのつもりでしたし。
あとは、マニアックすぎない、誰にでも基本的にわかりやすく、理解しやすいところ。そこはいいと思うんですが、それ故にあまり考えることをしない、信じやすい人々(洗脳しやすい?)を集めることができてきたのかな?と、思います。今は、文化が成熟していない教育レベルの低い発展途上国で伸びていますね。
まさか、巧妙に隠された裏があるとはいまだにほとんどの人は気づいていないですし、普通の平和な会衆で特にもめ事もなく過ごすことができていれば、気づくこともない気づこうともしないのでは?と思います。
明石氏やフランズ氏ほどではないにしろ、ある程度組織の中心部と接して理不尽な扱いな不可解な事案を直に体験しなければなかなか気づけないと思います。

真の宗教があるとすれば、やはり”生み出す実”によって見分けられるはずで、”裏”があってはいけません。
jwはなかなかいいところまでいっていたはずだったんだけど・・・
どこかで、歯車がくるってきたんでしょうねぇ。
惜しい。実に惜しいですね。

しかし、最近の”塔” もう、論理がめちゃくちゃですので、ついて行くのももう限界か、と、思っています。 とほほ。
長くなってすみませんねー

Re: いつも丁寧な返信ありがとうございます。

もともとキリスト教自体も迫害の中で世界的に拡大してきましたからね。しかし信者数が増え、少数の信者が権力を手にするとやがて腐敗も生じる、JWはその縮図でしょうか。たまにものみの塔でもとりあげられますが、キリスト教史の中で個人や少数の人間が始めた分派で、それこそいい線までいっていたグループもありましたが、信者数が増えるとやはりうまくいかず、消滅しています。

JWもその転換期にさしかかっていると感じますが、今ところ強力な精神支配と権力構造で何とかまとまりをたもっている点ではよくやっている(笑)と思います。一応、ある程度の規模にはなれたので、カトリックと同じように、JWは非主流派の一つの団体として存続はしていくのでしょうか。

>しかし、最近の”塔” もう、論理がめちゃくちゃですので、ついて行くのももう限界か、と、思っています。

↑自分も覚醒したからなのか、本当に論理が破綻しているのか、もうめちゃめちゃですね。最新の塔でも、「1914年から2世代」があまりに大幅延長とみられてしまったせいか、たった3年でまた微妙に、巧妙に「調整」してきましたね。また記事に書く予定です。

そうなんです

1月号の記事にはあきれました。
また、世代の見解を持ち出して、終わりが近いとぶちかましてきましたね。

先進国では伸びが完全に止まってしまって、緊急感も薄れてきてしまっているので、焦りのあらわれですかね?
以前の世代の見解はイエスが言われたことを素直に解釈していたと思うので、まだ、真実味がありましたけど、第一グループとか第二グループとか・・・。イエスがそんなに複雑な思いを込めて弟子たちに語られたとは自分にはどう考えても理解できません。
さらに、1914年に天で即位し、これまでも奴隷級に聖霊により導きを与えてきたのに、そんな大事なことを今まで、黙っておられたの?
天から、自分の僕たちを迷わせる指導をしてこられたの?
イエスは王として、会衆の頭として何をしてこられたの?
まったく支離滅裂ですね(>_<)

これは・・・。
1.ほんとうに神のお告げがあったのか・・・。
2.リーダーたちは本当に頭が悪いのか・・・。
3.信者たちはこれでもついてくるだろうとタカをくくっているのか・・・。

まぁ、3番ですよね。
この見解についてこれない人たちは切り捨てていき、盲目的に信じる人たちだけを取り込んで生き残りを図っていく・・・。
この組織の生き残りのための戦略が見えてきましたね。まぁ、しかし、組織が生き残っていくとしたら、それしかないのかもな・・・。とも、思いますね。
リーダーたちにとっても、あるいは苦渋の選択なのかも。
第一グループのリーダーたちが振り上げた拳を、そのまま、下ろすことができないままに引き継いでしまって、どうしたらいいのかわからない。
なんか、気の毒な気もしますね。

そして、結局宗教ってそんなものなのかな・・・。って、思います。
宗教を論理とか科学で説明することがそもそも不毛なのかも、と。

しかし、今の世の中、不正直も当たり前、道徳的にも乱れきっていて、それ故に幸せじゃない人も多くて・・・・。
そんな中で、JWは神の愛とキリストに見習うことを純粋に追求していたはずで。そこを前向きに追い求めていけば、すばらしいグループになったはずなのに、すっかり規則規則のパリサイ化、カルト化しちゃって重ね重ね残念ですよ。

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