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1914年⑦

このシリーズをブログにアップしている最中に最新ものみの塔に、エルサレム滅亡がBC607年であることについての記事が掲載された。

その記事の中で一般の歴史家がエルサレム滅亡をBC586年としていることが書かれていた。そのことを認めた過去の記事は近年では1981年発行の教材の、しかも付録にしかなかったのでその点は評価できる。

その上でなぜエホ証がBC607年を主張するのかが説明されていた。まあ、その内容は1981年の付録記事とだいたい同じ。BC586年という一般の歴史の根拠となっている史料は信用ならん、聖書が70年って言っているんだからそれを信じろ、の繰り返し。

・・・ここで、この記事を読んで素朴なギモンが。

疑問:なんでどちらも一般の歴史であるBC539年は信頼できるのに、BC586年がそこまで信頼できないのか?

BC539年の根拠としてディオドロスやヘロドトスの文献をあげ、BC586年の根拠としてベロッソスやプトレマイオスの文献をあげている。前者の2人は信用でき、後者の2人は信用ならん、とのこと。これは聖書うんぬんではなく考古学上の話。自分も歴史の専門家ではないのでその真偽はともかく、歴史の素人である一般のエホ証はこれを説明するときに、専門家や歴史家たちの主張を覆すことができる程に専門的な研究をしているのか?それともこうやって書いている統治体の主張をただ鵜呑みにして、受け売りするだけでいいのか?

この記事では、BC586年の根拠であり一般には正確なものとして受け入れられているベロッソスとプトレマイオスを徹底的にこきおろし、2人の文献には、歴史という観点からすれば正確ではない情報が含まれている可能性がある、という専門家たちの言葉を引用している。

相変わらず、エホ証お得意の都合のよい引用。

それらの専門家たちは、「BC586年」の信頼性についてコメントしているのではない。

一人の人間が書いた何千年前の文献がすべてにおいて正確であるはずがない。それでも、現在の権威者たちのほとんどすべてが「BC586年」という年号については信頼できるとしているのは、一つではなく「複数の」歴史的文献がその点については一致しているからではないか。都合が悪いから無視しているのか。

同じようにBC539年の根拠となっている文献にも間違いはある。それでも複数の文献が裏付けているから受け入れられている。一体それとどう違うのか?1914年を計算するのに都合のいい一般の歴史は信頼し、都合の悪い方は必死になって否定しようとしているだけではないのか?

それほど信頼できない文献なら、なぜほとんどすべての専門家がBC586年を支持しているのかの説明が全くない。イスラエルの国家公認の記録でもエルサレム陥落はBC586年になっている。一人でもいいからBC586年そのものを否定し、BC607年を支持するエホ証以外の専門家のコメントを載せてみろ、と言いたい。

こんな記事、どちらにしたって、情弱で無学なエホ証や主婦のオバサンたちにはチンプンカンプンだろうから、結局は「統治体がそう言っているから」で済まされるんだろうな~。
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改めて、最初から読ませていただいてます!
よく調べておられて、興味深い考察ですね!
軽妙な文章のタッチもおもしろい
僕もほとんど同じようなことを考えていました。
でも、新たに気づかせていただける点もたくさんあって勉強になります

引き続き読ませていただきます。
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