別法人だったとは・・

幾つかのJW関連HPで拡散されていますが、エホ証の主要な宗教法人であるものみの塔協会が単立宗教法人として登録されている、との事です。文化庁HPの宗教年鑑で確認できます。

文化庁の説明によると、

『宗教法人には,神社,寺院,教会などのように礼拝の施設を備える「単位宗教法人」と,宗派,教派,教団のように神社,寺院,教会などを傘下に持つ「包括宗教法人」があります。単位宗教法人のうち包括宗教法人の傘下にある宗教法人を「被包括宗教法人」,傘下にないものを「単立宗教法人」といいます

「王国会館」という「礼拝施設」を備える地元のJW会衆が別個の「単位宗教法人」として登録されていることは知っていましたが、それはどこの傘下にもない「単立」宗教法人であって、大元の「ものみの塔協会」ですら「単立宗教法人」として登録されている事実・・

ある程度現役を続けてきた自分も気づきませんでした。

どうりで、ローカル会衆の会計は1円単位で信者に公表されても、組織は億単位の寄付の使途を各会衆に公表しないワケです。その義務がないんだから。

→法律上は、各会衆という単立法人が全く別の単立法人に勝手に寄付しているだけ。

→ものみの塔発行の“出版物”も、別の法人の信者が勝手に教材や布教に使っているだけ。

→輸血禁止などの指示も、ものみの塔の一読者が勝手に実行しているだけ。

→ものみの塔に従わない信者を、各会衆という独立した別法人が排除しているだけ。

・・ということになるのでしょうか。だとすればすべての責任は組織ではなく、自己責任、またはローカル会衆という単立宗教法人の長老たちが取らされる仕組みになりますね。

おそらくものみの塔の言い分としては、エホバの証人=宗派でも宗教法人でもなく、宗教法人は宗教活動を行う「道具=法的な手段」として法律上の最低限の要求を満たす登録だけしている、ということでしょう。ものみの塔協会=印刷施設を所有するための法人、各会衆のローカル法人=礼拝施設という不動産を所有するための法人、みたいな。

しかし、ものみの塔を少しでも読めばJW関係者でなくとも、

                 →実効支配・統制→
ものみの塔聖書冊子協会            エホバの証人のローカル法人
                 ←運営資金の負担←

という実態が存在することは明白です。こないだの「寄付徴収」の手紙を掲示板に貼らないのも信者に詳しく知らせないため、くらいに思っていましたが、傘下にない別法人に「恒常的な寄付の送金を指示」している、ととられかねない手紙はグレーなのでしょうか。

これでも各会衆は「どこの傘下にもない宗教法人」と言えるのでしょうか。
行政指導とかの対象にならないんですかね。

自分は、ものみの塔の文面の背後に見え隠れする思惑や矛盾を指摘するくらいしかできませんが、こういう告発系の記事を書かれる方々の情報収集能力にはただ頭がさがります。
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No title

Re: No title

彼らの言い分としては、法人はそれぞれの施設や不動産を所有しているだけで、法人そのものに包括・上下関係はない、ということになるのでしょうか。

とはいっても「ものみの塔協会」名義で「指示の手紙」を送り付け、ローカル法人からは常時一方的な寄付という金の流れがある以上、法人を利用する実体間には完全な上下関係があります。法律に詳しくはないですが、やっぱりグレーな登録方法ではあるのでしょうか。

法律を別にしても、「仲間」から億単位の金を集め税制上の優遇まで受けているんですから、きちんとした会計・資産状況を各会衆にオープンにしてほしいですね。

なるほど~

よくここまで気づきましたね。
それにしても、すばらしい使い分けですね。これは意図的に巧妙に仕組まれたものなのか・・・?
それとも、下に書くようにJW側の論理で物事を組み立てていった結果なのか?

私、地元の宗教法人設立に関わったことがあるのですが、
ものみの塔協会の見方はこうです。
「私たちは神の王国の臣民である。だから、そもそも、世の政府に税金を払う義務はない。
世俗の政府は神が便宜上存在を許されたにすぎないものではあるが、しかし、キリストが模範を示されたようにカエサルとの関係において税金を払わねばならない。
そして、そのカエサルが税金を払わなくてもよいシステムを用意してくれているなら、それを活用しよう。」
あくまで、主体は統治体をトップとする神権組織。法人は対カエサル用に便宜上存在しているにすぎない。
で、このような込み入ったシステムが考え出されたのでしょうか。
Jw側から見ると、一応論理は通っている。
まー、頭のいい人が考えていますね。

しかし、世間一般常識的に見ると、明らかに詭弁。
やはり、JWはこの世のものではない。(この世の常識は通用しない)世界なのではないでしょうか?

Re: なるほど~

確かに巧妙な使い分けです。いい悪いは別として、こんなやり方しているのはエホ証だけでしょう。

統治体がペンシルバニア州の法人理事から外れた後も、「協会」は組織が使っていることには変わらないので、協会=組織の権威という実体は変わりませんが、あまり「協会」という言葉を使わないようになっていますね。

『エホバの証人は誤解を避けるため,自分たちの考えを述べる際には努めて慎重な態度を取ります。多くの証人たちは,「協会はこう教えています」と言う代わりに,「聖書はこのように言っています」・・といった言い方を好みます。そう言うことにより,・・何となく証人たちはある宗派の命令に縛られているように思える,という誤った印象を与えずにすみます』

・・誤った印象??

こういう言い方を指導するのも日本で言えば文化庁の包括法人の定義である、「宗派」であると見せかけたくないためでしょう。ホントによくできた理論武装です。

感想

4年程前に、集会の終わりの発表で、
「・・・統治体・・・宗教法人・・・うんぬん」という通達があった時も
お決まりの、「・・・私たちは、神の組織の決定に従いましょう。」
で、しめくくられました。
何か都合の良く無い事は、わかりにくい言い回しで、さらっと済ませる。そして質問は受け付けない。受け付けても、ごまかすような返答をされる。
そんな印象を受けていたことを思い出しました。
研究司会者のオバサンも、組織の話になると、「いいのよ。そんなことはあまり気にしなくても。真面目なのね~・・・」との返事・・・。
これ以上聞くなという事か・・・。
「そんなの関係ない。」と思えないとエホバの証人にはなれないと思った次第です。色々な方がいらっしゃるとは思いますが。
組織と、会衆の微妙な関係も、知ってしまうと「神のため」と信じこまされていた、寄付集めの道具にされるところだったと感じますね~。
知っていても、あわよくば、良い立場を得たいという人もいるだろうと思いましたね。

Re: 感想

多分、上層部は末端信者の知性を見下げているというか信頼していなくて、「よく理解できないことを知れば動揺する」「知らせない方が幸せ」くらいの感覚で、それが神の組織とその「羊」を守ることだという「虚偽の推論」で自らの良心さえ欺いているのかもしれません。信者側もそれに甘んじるよう教化されていると自分も思います。羊は言われた方向にだけ進み、そこで草をはめばいい。

この組織ではただ忠実なだけでも、頭がいいだけでも出世しません。出世する途上で「降りる」「降ろされる」人の割合もかなり高いと思います。そうやって淘汰されたごく少数の人間が「ものみの塔協会」という法人直属に登用され、組織の実情を知った上で奉公しているのでしょう。

「わたしはあなた方を奴隷とは呼びません。奴隷は自分の主人の行なうことを知らないからです」

末端信者は「ものみの塔協会」という法人の実態を本当に何も知らない、ということを最近さらに思い知らされました。何も知らない人間が何も知らない人間を勧誘する・・彼らの方が勧誘と資金集めのための「忠実な奴隷」だ、という現実はあまりにも皮肉です。

つくづく・・・。

何も知らない人間が何も知らない人間を勧誘する・・彼らの方が勧誘と資金集めのための「忠実な奴隷」だ、という現実はあまりにも皮肉です。

↑これ、ほんとですね。 自分も最近つくづく思い知らされています。

(私は組織の主な関心が貪欲な資金集めにあるとは思っていないのですが、体制維持することに必死なんだと思います。もちろん、ある程度の資金も必要ですが。)

「知らぬが仏」という言葉がこれほど適切な団体も珍しいのでは?
で、確かに知ってしまうと不幸になってしまうという現実。長期的に見ればわかりませんが。
やはり、自分が人生をかけて守ってきたはずの人たちから一転、背教者の烙印を押されることへの恐怖は計り知れないものがありますから。
現に私たちも匿名でしか本当に考えている意見を交換することができないわけですし。

たぶん、巡回監督あたりでも一部の人たちしか知らないことも多いでしょうね。
で、本当にやばいところまで知ってしまうまでに、多くは辞めていくか、追い出され、淘汰されていく。
そして、気づいた、その頃には辞めるに辞められないところまで登り詰めているかなので適当に自分をごまかしてやっていくしかない。
その頃までに、組織にたてついた人間がどんな扱いを受けるかいやと言うほど見てきていますから。間違っているかどうかということより、とにかくそんな目に遭いたくない。


いつだって、エホバは不完全な組織を用いてきたんだから、といって、自分をねじ伏せることでしか前進することができないわけです。

で、これが当てはまるのは熱心な兄弟たちだけで、ほとんどの姉妹たちはそんなこと考えもしません。組織について行くこと、それが大切。と、ただそれだけ。思考停止状態です。

ということで、絶妙なバランスを保っているように思えますけど、
はたして、これが組織として、いつまで持つのか、そこが見物(みもの)ではあります。
が、一傍観者としてならそれもアリですが、当事者としてはほんとに勘弁願いたいですよ。

Re: つくづく・・・。

ものみの塔法人直属と言っても、機械いじりと炊事洗濯を嬉々としてやってるかわいい若者たちは何も知らないでしょうし、仰るように巡回監督レベルでさえ余裕でエクスペンダブル(使い捨て)だと思います。法人の根幹(人事やカネ)に関わっているのは10人20人程度の話かと・・

99.9%の人が知らされていなければそれで「幸せ」でいいんじゃないのか、とも思いますが、多少でも知ってしまった人はもう清い良心でこの組織に勧誘できなくなりますし、知らないまま理由もよく分からず不幸になる人も急増しています。大企業の末端パート社員が内部の機密など知らされるはずがないのは当然ですが、 “クリスチャン”と謳う以上、たとえ関わっている人が0.1%以下であろうと隠し事は一切あってはならないと思います。

羊は厳重に守られて草だけはんでれば幸せでしょう。でも「牧者と羊」は例えであって、教育レベルに関係なく人間の脳を家畜のように扱わないでほしいです。そのイエスのたとえでさえ、羊飼いはたった1匹の失われた羊を見つけた時は他の99匹以上に喜ぶとありますが、知ってしまった0.1%の人間は「背教者」としてためらわず崖から突き落としていなかったことにする・・それが今の「組織」です。

スナフキンさんの言うように99匹に紛れ込んで傍観できればまだいいですが、羊飼いが「反抗的」な羊をこっそり崖から突き落とす、見てはいけない光景を自分も見てしまったので複雑な心境です。何も見なかったことにして、羊のように思考停止させて草をはめれば幸せなんでしょうね。
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