陶器師はどっち?(おまけ)

宇宙主権の論争の話になったので、1回だけ追記します。

自分はこの宇宙主権の論争解釈の全部を否定しませんが、前から?と感じていたのは、エホ証の主張する「二次的な論争点」です。それもざっくりと説明しますと、

サタンは、人間は苦しみや不利な状況のもとで「無私の心で神に仕えることはしない、と主張することで人間の忠誠心にも疑問を投げかける。神はこの疑問を解決するためにも、サタンが一定の期間、人間を苦しめることを許される。

確かに聖書のヨブ記で、サタンがヨブの忠誠に挑戦し、神がその賭けを受けた、という記録があります。エホ証はこの記録を、「人は皮のためには皮をもってする」というサタンの言葉から、この聖書の一記述は人類全体を対象とした挑戦デアル、との相変わらずの過大解釈を主張します。

・・でもそうすると、勝っているのはどっちでしょうか?

自分は、この問題はヨブ個人によってすでに解決済みだと思います。仮にそうでないとしても人間イエスが「ただ一度限り杭につけられた」ことで完全に答えが出たはずです。

お得意の数の多寡で正邪が決するなら、圧倒的にサタンが勝っています。エホ証のみなさんは、何人以上の勝敗ラインで自分たちの「えほば」が勝ったことになる、と考えるのでしょうか。ハルマゲドンは明日にでも来て、わたしたちの「えほば」はJW以外全員=70億人↑の99.9%を大虐殺しますと例のごとく神の行動を決めつけるなら、逆に勝負になっていないのでは?

むしろ、この人間の忠誠という「二次的な論争点」は、組織が信者を業=行動へと駆り立てるために都合よく利用されているにすぎない、と思います。

組織の指示に従うことにより、神の主権を支持していることを示しますか」・・とか、

「その決定は、あなたが神の主権とサタンの主張のどちらを支持するかを明らかにします」

など、無私の心で奉公する対象を神⇒組織にすり替えるのに何かと便利だからです。

そもそも、ヨブは何をもってして忠誠を保ったとみなされたのでしょうか。体中が重病に侵されても毎月最低ノルマの動物を捧げる儀式でも続けたからですか。

「『わたしたちは神から良いことだけを受けて,悪いことは受けないのだろうか』。このすべてのことにおいてヨブはその唇をもって罪をおかさなかった」

ヨブの忠誠はの問題であって、その忠誠のゆえに唇で罪をおかしませんでした。何を「していたか」といえば、ただ悲嘆にくれてじっと座っていただけです。

「 神への犠牲は砕かれた霊なのです。打ちひしがれたを,神よ,あなたはさげすまれません」

一方、どんなに疲れ落ち込んでいても、重病で入院していても、意識不明でない限り月最低ノルマの布教時間を報告しない人は忠誠に欠けている、と業で他人の心を裁くのはだれでしょうか。

奉仕報告の度にしつこく電話をかけてくる長老、報告は神の命令であり怠る人間は認識が低い、と演壇から微笑んではいても脅すような言葉を語る長老、「不活発」と分類された信者を慰める名目でやって来るが、結局は布教活動を再報告させ、数字ばかりを見る巡回訪問(上級信者による査察)の印象を良くすることが目的の長老・・・彼らこそ砕かれた心をさらに砕き、罪悪感を募らせる偽りの慰め手のような気がしてなりません。
スポンサーサイト

コメントの投稿

管理者にだけ表示を許可する

安心して良いんだよね

初めてコメント致します.

ヨブの事柄に関しては同感です。

私も「忠誠の問題」に関しては

ヨブが証明してくれたのだから

私たち人類は、もう安心して良いんだよね。



目を血走らせて必死に奉仕に!

なんて事はしなかった

霊性の低いBでありました。

Re: 安心して良いんだよね

コメントありがとうございます。

自分が「安心していいですよ」と言い切っていいのか分かりませんが、自分は聖書をありのままに読んでそう感じました。多少なりとも共感していただけたのならうれしいです。

ヨブの忠誠は「業」によるものではありませんでしたが、聖書には「業のない信仰は死んだもの」という言葉もあります。そのことについてはまた記事にする予定です。

プロフィール

GUABELLO

Author:GUABELLO
FC2ブログへようこそ!

最新記事
最新コメント
最新トラックバック
月別アーカイブ
カテゴリ
検索フォーム
RSSリンクの表示
リンク
ブロとも申請フォーム

この人とブロともになる

QRコード
QR