伝えるべきメッセージ②

あくまで、聖書の予言という前提で話を進めます。

① メシアが本当に再臨することで、世界的無政府状態と、世界そのものを二分するほどの地球的論争が起きる。

② それを経験した「世代」の期間内に(重なる2世代とか100年とかそんなレベルはマジありえない)ハルマゲドン到来。その短い期間内にメシアを認めて悔い改める人のほとんどは“大患難”を通過し、復活するキリスト以前の義者や他の不義者とこの地上で共になる(かも)。

キリスト再臨の開始時点で『天の王国』に入るよう選ばれた者たちは(それ以降の“募集”などない)、再臨中のいずれかのタイミングで天に取り去られ、使徒たち以降の「キリストと結ばれて死んでいる者たち」と天で共になり、キリストと地上を裁き、導く。

大まかな流れではエホ証の主張と大差ないように思えますが、重要なのはそのタイミングです。

キリストの再臨とは人によって宣伝されることで知られるものではなく、本物のイエスが二度目に来る時も、1世紀同様、しかし今度はユダヤ人社会だけでなく、世界的論争が稲妻のようにおのずと、突如に生じるのではないかと思います。

それで予言について語ること自体は間違っていませんが、先走った宣伝をし、「○○年から1世代とか2世代」など、ハルマゲドンのタイムリミットまで勝手に設定して何度も外してはいけません。キリストの再臨のタイミングを間違えて1914年世代のクリスチャンみんな死んじゃったのに、「キリストの1914年再臨は意地でも撤回しませんが、天の王国募集だけは微妙に(笑)再開しました」とか、矛盾を矛盾で繕う解釈を重ねてもいけません。

それで、今伝えるべき主なメッセージとは何度も外した終末論に固執し、人数ほしさに報い=幸福をやたらと強調するよりも、今でもイエスの指示通り、「天の王国は近づいた」=「天の王国に入る選ばれた者たち」を集めることです。イエスを「迎える人すべて」はその体を表すパンを食べ、その血を飲み、神の子供、そしてイエスの兄弟となるべきです。本当の意味で、すべての人に上下関係などなく、兄弟になります。

その機会は「キリストが到来する時まで続く」とあるので、キリストの再臨が「盗人」「稲妻」のように突如として開始した時点で、まずクリスチャンと称する人々(過去に死んだクリスチャンも含め)すべてが『天の王国』にふさわしいかどうかが裁かれると理解しています。「忠実な奴隷」「タラント」「十人の処女」などのたとえでイエスが伝えた「油断なく見張っていなさい」というメッセージは、キリストの再臨を待つべき、クリスチャンと主張するすべての人にあてられたもので、その他の人にはちゃんと大患難を通過する機会が再臨後の短い期間中に与えられるはず(と願いたい)。

統治体が「1914年から1世代」を放棄し、天の王国募集再開を限定的であれ認めた時、やがて1914年そのものや、14万4千人も撤回するのでは、という憶測もありました。でも世代交代した統治体は「1914年から2世代」「マタイ24章の『忠実な奴隷』は自分たちのみにあてられたメッセージ」という解釈を次々に打ち出し、天の王国に入る機会を広げるよりも、逆に信者を支配する権力を狭め、強化する路線に転換しました。

「天の王国は近づいた」というイエスが命じたシンプルなメッセージに回帰するどころか、「天の王国は残念ながらやっぱりお前たちからは遠ざかりました♪」という難解な解釈を、善良なエホ証はなんとか理解しようとがんばっています(笑)。

聖書解釈論シリーズはいったん終了します。個人の感想なのでエホ証の解釈同様ツッコミどころはいくらでもあると思いますが、彼らのように「この解釈に少しでも同意しない人間は“反キリスト”なので一切の接触を拒否します」とは、口が裂けても言えません。
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おもしろい記事

 終わりがいつ来るかという点なんですが,おもしろい記事がありました。
 2004年12月1日号24ページにはあるクリスチャン夫人のライフストーリーがのせられていて,その29ページに彼女のお父さん,つまり強制収容所で殉教の死を遂げた一人の兄弟の言葉がありました。

「生きている間にハルマゲドンが来ないかのように考えて将来の計画を立てるべきだが,明日ハルマゲドンが来るかのように考えて生活すべきだ」

「辛抱強さと熱烈な期待のバランス」とこの姉妹も仰っていますが,実際にその通りだと思います。

いわゆる「終わり」についてはこういうスタンスで良いんじゃないですかね?


Re: おもしろい記事

確かにバランスは取れていますね。でも、逆に中途半端な気もします。

このシリーズで自分なりの考えを書きましたが、「キリストの再臨」がポイントだと自分は思います。

キリストが本当に再臨したのであれば「生きている内にハルマゲドンが来ないかのように」考えるのは非聖書的だと思います。「その世代」は過ぎ去らない、とイエスは教えました。

なので、エホ証の布教の仕方も中途半端です。本当に今が明日にでもハルマゲドンが来る可能性がある「世代」だと言うなら、逆にもっと、とにかく終末について警告すべきです。「1975年」の時がそうでした。今は「終末」をカードの一つ程度に利用しているように感じます。最近の布教の「指導」からして、指導部は1914年体制の継続と、穏やかに人数を増やすことが目的で、彼らですら本気で終末が明日にでも来ると考えているかさえ自分は疑問です。

2004年ですから、「1914年から1世代」を放棄し「1914年から2世代」を打ち出すまでの過渡期なので、「生きている内には終末は来ない」可能性にさえ言及するコメントも載せられたのだと思います。多分、1914年についても議論があったのではないかと思います。

「キリストの再臨と過ぎ去らない世代」は聖書の教えですが、自分は1914年にキリストは再臨していないと確信しました。少なくとも、神の名において間違いなくそうだ、と人に宣伝できる根拠を持ち合わせていません。それで自分は、神が人類を虐殺するハルマゲドンではなく、まず「キリストの再臨」が生きている間に来ないかのように考えて将来の計画を立て、それが明日生じるかのように生活しています。

No title

100年間1914年と違って仕舞い、2世代が重なり合う、それフランズ兄弟と、自分の場合も?!!在って?の事だと思います。自分の世代が、決して過ぎ去ら無い、終わりが来るまで…、と言うのも受け入れて、そうだそうだと思っています。こんな所にコメントもして仕舞う兄弟ですが。野外宣教に行ってもヤッタ、と言う感じが無く成って仕舞いました。それは座談相談しゃべり場に投稿して居た、事も在りますが。継続して細々と、宣教をして居た者です。自分の世代が決して過ぎ去ら無い、それが頼もしく思いますが。ノア兄弟みたいに自己過信をして仕舞う、それ宣教も出て居無い自分だとも思いますが。謙遜に成り、自己過信し無い、それが鍵だとも思います。こう言うブログでは背教ですが、その様ですが。だからエホバの霊の示し、是認も無くなったのかと思います。唯だ、エホバ、エホバよ?!!とお祈りして居ますが。インターネットが背教の?!!それも考えます?!!エホバよ!!あなたに背教なんでしょうか?!こう言うブログはでは。考え直す、出来るか出来無いか解かりませんけれども。一応考えて看ようと?!!して居る?!その位いです。それ位い。

1975年の世代?!

自分は1975年の世代です。その頃生きていた、世代です。でも疑わしい年代計算には加わりませんでした。同じ信仰は持ってはいませんでした。疑わしい信仰?!!と言って、年代がその時は何時来るか?!キリストも解から無いんじゃないの?!と訊いていました?!でも'75年の世代。あの時の事は組織に居ませんでしたが、この世の事は白日のように思い出せます。が。組織に居ませんでした。が。ノア兄弟の過信、それだとは思いますが。「偉大な教え手に聞き…」の本も読んでいましたが。その本、読んでいました!!最期に至るまで、最後に至るまで、出版されていたようです?!!会衆でも3冊の保管、在庫が在りました!!1975年説には、同意出来ませんでしたが。宣教に行った方が善いと?!!思いますが。土日曜日と、宣教に行った方が善いと?!!思いますが?!こう言う偽善の事にも拘(かか)ずり在っている、その事が問題でしたが?!!それ自分の問題で!!コメントし無い、それものみの塔の指令で…、それに破って居ますが。コメントし無い、それが善かったのか?!それに同意しようと?!思っても居るが。出来無い事も在るが。その位い、それ位い!

Re: 1975年の世代?!

自問自答されているのか、わたしに対してなのかよく分かりませんでしが、たしかに「こんな所」ではありますが、ブログの記事を幾つか読んでくださったことは伝わりました。ありがとうございます。
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