スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

共通の試み

「あなた方のあった試練で、世の常でないものはない」 (コリント一10:13)

新世界訳では 「人に共通の(つきものの)誘惑」 となっています。

たとえば、病気。大なり小なり人は病気にかかります。

病気という試練に対処するとは、ざっと思いつくのは↓です。

→ 頑張って治療に専念し、元の生活や仕事に戻ること

→ 回復が全く、またはある程度しか見込めない場合、うまく付き合う方法を模索しながら、限界の範囲内でやりがいを見つけ、前向きに生きる

ところがJWの場合、これに 「集会や布教に参加し続ける」 という試練が加わります。

病気そのものは「世の常」ですが、JW試練は違います。

宗教がやりがいでそれが支えになるならいいのですが、完全に順序が逆です。


失業も同じです。宗教やってようがいまいが、失業は起こりえます。

ところがJWの場合、JW活動を優先するゆえの失業リスク、そしてJW活動を優先できない仕事はどんなに条件が良くても断るべき、という 「誘惑」 がつきまといます。

これらは 「JWにつきものの」 試練であり、誘惑です。

宗教とは、「世の常」 である試練に際して人を支えるものであるはずで、「その宗教につきもの」 でしかない余計な試練を増し加える要求を課すのは、聖書の教えではないようです。

JW試練を人為的に作ることで、それを全く理解できない非信者の家族や友人とは寄り添い合うことができず、JW印刷物や人間関係に依存する仕組みになっている。

も塔自身が語った 「家族や友人から孤立させる」 カルトの特徴でもあります。
スポンサーサイト
プロフィール

GUABELLO

Author:GUABELLO
FC2ブログへようこそ!

最新記事
最新コメント
最新トラックバック
月別アーカイブ
カテゴリ
検索フォーム
RSSリンクの表示
リンク
ブロとも申請フォーム

この人とブロともになる

QRコード
QR
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。