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重要な諭し

この神の主権論争は新しい理解ではない、初めから知っていたはずだ、と開き直っている。

そうかもしれません・・が、JW勧誘で強調されてきたのは何ですかね?

長年、JWの勧誘教材だった、『あなたも地上の楽園で永遠に生きられます☆』

楽園で病気が治る、永遠に生きられる、物欲が満たされる、ハルマゲはすぐに来る・・

悪の存在は、あともうちょっと許されるだけ、のおまけみたいな話だったよね。

しかもその悪とはこの世の悪のことで、この奇跡の組織はこの世とは無縁の聖なる組織。

楽園先取りの霊的パラダイスですよ♪て、勧誘するときは言わせるんですよね。

JW.orgの不誠実な回答で指摘したように、勧誘で教えられることと、組織洗礼(コミットメント)後に教えられることとのギャップが大きいのは、カルトの特徴らしいですね。

だったら初めから、もっと、きちんと、研究生にも教えませんか。


6 エホバの組織も不完全です。近年は児童虐待の組織的隠蔽も指摘され、一部の国では訴訟が起きています。しかし大半の信者は、自分の子どもが不完全な変態信者による性犯罪の被害者になっても、警察への被害届けを自主的に控えることで不完全な組織の評判を守っています。パワハラも常態化していて、不完全な旅行する監督や不完全な長老たちの言葉の暴力に深く傷つけられることもしばしばです。それでも、この組織は不完全ではあってもエホバ神が用いている唯一の経路なので、不完全な統治体や不完全な監督たちに言い逆らうことは神への反逆です。エホバの証人としてバプテスマを受けるには、神やキリストの贖いに対する個人的な信仰だけでなく、この重要な真理を認めることが肝要です。

7 サタンの邪悪な世で経験する問題やストレスに加え、この不完全な組織に特有の、不完全な人間関係のトラブルや、不完全な監督たちによるパワハラも忍耐しなければなりません。しかし問題が多ければ多いほど、この不完全な組織に忠節を保つあなたの忍耐はエホバ神に高く評価されます。エホバ神が何かの問題を、具体的に解決してくれると期待するのはほぼ間違っています。大抵スルーされますが、それはエホバ神の主権に対するあなたの忠誠が試されているのです。しかし感謝できることに、この重要な諭しをJW.orgや出版物の誌面上でしつこく思い出させてくれることで、あなたのメンタルを強めてくださいます。
(下線は研究生の予習による)

6, 7. (イ) エホバの証人としてバプテスマを受けることには、何が関係していますか。
    (ロ) この不完全な組織で苦しむときに、エホバはどのようにあなたを強めてくださいますか。



これくらいの資料を潔く作ってから、最初に教わったはずだろ?と言ってほしいですね。

もう嫌だったんですよ。美辞麗句で絵に描いた餅のように理想の組織や理想の楽園や理想の神で勧誘して、入信後にこの組織の現実に傷つけられても、純粋な信者を自殺願望にまで追い込むパワハラやサタンの刷り込み教理、変態長老や変態信者の犯罪行為に身内の誰かが犠牲になっても、お前は何があってもこの組織によってのみ代表される神の主権を支持するんだろ?だから献身したんだろ?と切り捨てられる人たちを見るのはね・・

今年の記念式活動とやらはいよいよ御利益勧誘、もうそこにキリストはいない。

いつも間近い来世(楽園)では物欲全開の祝福があなたを待っています!

ま、それは結構なんだけど、JW記念式をきっかけにJW洗礼を受けないと貰えないのかな。

でも欲しがりません勝つまでは!現世で物欲を満たすカネはWT協会に寄付します!

WTの神が、ますます寛大で憐れみ深い神さまに劣化?している・・
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神の正当性

この旧約神のダビデ好き、神の善性を擁護しようとする神義論者や原理解釈者には歯切れの悪い問題です。WTも、聖書に納得のいかない箇所があっても、聖書にはすべての理由が説明されてはいない、いつか明らかにされる、埋め合わせされる、エホバ様を待て、の苦しい一点張りでした。

ところが最近では逆に、このあからさまな偏愛にあえて言及し、組織内での不公正や犯罪を目にしても、その直接の被害者になっても、組織への忠節を保て、との教化に利用しています。

“復活”したウリヤはダビデを許せるのか?という話にまで飛躍させている。

そんなお題は、聖書を書いた人間の誰も、持ち出しても、考えるよう促してもいない。

例えるなら、アンソニー・モリスに妻を寝取られ(寝取られる方もどうかと思うが)、発覚を恐れたモリスが管轄の支部委員に闇指示を出し、建設ボランティア中の事故を装って夫を殺すよう命じ、結局バレて審理委員にはかけられるが、組織に奉公した功績を鑑みてお咎めなし、モリスは統治体のまま天に召されゆく。

それでもお前はモリスを許すだけでなく、モリスを来るべき新秩序における天界の指導者として認めるのか、そんな扱いを容認した組織神エホバ様の主権を認めるのか、という話になります。

・・この話をそのまま現代に適用すると、こういうエグイ話になるんですよ。

ここまで開き直られると、WTの言う神の主権の正当性、てもう何なのかよく分かりませんね。

神が悪を許しているのはなぜか ⇒ 神の主権の正当性が証明されるため

⇒ だから神が放置している悪を忍耐することで神の主権の正当性を支持できる

これ、何の説明にも証明にもなってないですよね。

こんな支離滅裂な話を支持するJWが組織から離れたら、神の正当性は敗れるのか。


サタンはヨブに目をつけて、いろいろやらせてみてくれ、と言った。

エホバ様はやってみよと、サタンがヨブの子どもを殺すのを止めなかった。

自らそれをするのと、サタンがするのを許したのとでは違う、とWTは言うが、そんな人レベルの言い訳を全能神に適用していいのかな。全能なら「する」も「許す」も同じだよね。

全能神は見苦しい言い訳などせず、自分がすべてやったこととして、その上でヨブを戒めている。創造神を信じるとは、そこまでの覚悟があって口にするものだと思いますけどね。

だからヨブの覚悟と、エルシャッダイへの想いは証しされた、はそうかもしれないが、サタンにチャンスを与えることで創造神の正当性が証明された、なんて誰が納得するのかな。ただの知恵比べやパズルの謎解きじゃない、無関係の子どもたちまでリアルに殺されているんだから。

悪の時間的経過によって証明される神の公正、て何なのかな。

WTは神の主権の正当性が立証されることが最重要事項というが、自らの正当性という、そんなちっぽけなメンツのために放置する神の器の小ささを証明する解釈のような・・

まして神なるものではなく、それを自組織の宗教権威にすり替え、どんな不祥事や犯罪や児童虐待やパワハラが起きても、さらにその犠牲者になっても、この組織に忠節を保て、という教化に利用するなら、何でもアリというか、やりたい放題だよね。もうなってるけど。

何があってもついてくるマゾヒスティックな信者を養殖して何がしたいのかな。

悪が存在するのはなぜか、どうやって神の善性と整合させるのか、そんなことより、目の前にある仕事や生活や人との関係と向き合い、地に足をつけて生きようとするのが普通の人ですよ。

楽園で復活したウリヤはダビデを許せるのか?

しらねーよ。

そんなお題を宗教会議で考えるヒマがあったら、まず現実社会で働いてみた方がいいよ。

それでご飯食べてる神学者が考えてくれて、一般人がヒマつぶしに読むのは面白いです。

でもそういう人たちが統治体を自称し、現世で生きる人を支配するのはやめた方がいいですね。

人が人を支配すれば、これに害を及ぼすらしいですよ。

無分別な夫

旧約神の偏愛を例証する話の一つは、ダビデ好き、でしょう。

バテシバとの不倫殺人も、預言者に叱られただけで王位に留まり、戒めとしてなぜか子どもが殺され、ソロモンの方はイスラエルで最も栄華を極めた王となる。

これだけでもすごい話ですが、ナバルとの絡みもかなりのものです。

サウルから逃亡したダビデはナバルの土地で羊を守る番をした、彼はそれを神聖な奉仕と考えたのかもしれない、という苦し紛れのWT注解ですが、ナバルがそれを頼んだ訳でもなく、使用人には有り難かったでしょうが、ナバルの反応は「ダビデ?だれだソイツは」というものです。

ダビデの言い方も「とにかく、どうか、何でもあなたの手元にあるものをこの僕どもと、あなたの子ダビデにお与えください」と遠慮がない。さすが神の油注がれた者。「あなたの子」という言い方が素敵☆とWTはいいますが、ナバルからしたらだれだソイツは、となるんでしょう。

ナバルの物言いもよくはないと思いますが、ダビデの反応は即座に「剣を取れ!」と、ナバルだけでなくその部下まで皆殺しにする気です。

組織の指示やらエホバの取り決めやらを振りかざして、食事接待や布教同伴の申し込みが少ないと逆ギレするWT巡回さんのようです。

さてアビガイルは、夫に内緒でダビデと密会しますが、これもWT注解によると、頭の権を軽んじた訳ではない、そうです。

なんやかやで、ナバルはダビデより先にyhwhが殺してくれて、美しく器量のよいアビガイルはダビデのヨメになる、というめでたいお話です。

この話やダビデが、というより「ダビデはそれを神聖なる奉仕と~」とか「カシラの権を軽んじたワケでは~」とかおっしゃる、聖書にはない、肉的なWT注解が生み出す家庭の悲劇。

あるシマイは、非信者夫に記念式招待状を渡したいというチョウロウに、夫に内緒で「今週は○曜日の何時ごろなら家にいるはず」と密告(笑)します。

多忙な夫は、自分がいるピンポイントの時間にチョウロウが来たので不審に思い、「何でこの時間に自分がいると知っていたのか」とJW妻を問い詰めます。

激怒して、妻を怒鳴りつけます。これが最初で、その後も毎年のように代わる代わる群れの監督が儀式のように招待状を持ってくることにも腹を立て、「いい加減やめてくれ、毎年これが夫婦ケンカの原因になる」と、ついにチョウロウにも怒鳴ります。

この人はJWであることを除けば、妻を愛している人でした。だからこそ、他の男に自分の予定を勝手にベラベラしゃべられたことを、裏切られたと感じたのかもしれません。

激怒する、怒鳴りつける、ことはよくないですが、その原因を作ったのはだれなのか。

JW妻からすると、全能神の聖霊により任命されたチョウロウを怒鳴りつける夫は「無分別で、どうしようもない」者と映り、普段は温厚なこの人にもサタンが入るのね・・となります。

改宗しない夫に見切りをつけるJW妻がこっそりひそかに心待ちにするのは、将来の解放です。yhwhがナバルにしたように、ハルマゲドンで無分別な夫を合法的に殺してくれるのです。恐ろしい話ですが、これが、表向きには夫婦が仲良くするための聖書のアドバイスを~と、無味無臭の勧誘を入口にするWT解釈の現実であり、その解釈が意図せずとも生み出す家庭の悲劇です。

視聴覚教室

JW会館がいよいよ視聴覚教室になるようです。80万円?くらいかかる映像システムの会館への導入を検討するように、しかも費用は「その会館を使用する信者の負担とされている」らしい。まあ大元は統治体の御神託だろうし、もはや日本支部は市役所程度の権限しかないから、手紙の書き方も他人事になっているのかな。

組織への忠実度が高い会衆から順次、実施されてゆくのでしょう。

ほとんどのローカル法人は地元会館の修繕用に積み立ててきた資金を根こそぎ、自発的に(笑)も協会に送金している。多い所では数百万ものカネをかっさらわれている。なぜなら、今後は通常経費の3か月分を超える改装修繕はも協会が面倒を見てくれる、地元で貯める必要はない、いや貯めてはならぬ、と確約したからだ。

でも視聴覚教室化の費用は全額地元負担、さらにその導入は、登記上の名義に関係なく支部の管理財産になった(いつの間に)王国会館の「改装修繕」にあたるため、支部の承認が必要であり無断でスルベカラズ、とのお達しもきているとのこと。

口は出すがカネは出さない、責任も取らない、大掛かりな改装は支部が費用を負担するから最低限の有り金を残して根こそぎよこせ、と放言した口が渇かない内にやってくるも協会の御神託。

神は偽ることができない。

創造主は御心のままに悔やむので、言うことが変わってもそれは偽りではない。

「エホバは恥ずかしいとは感じない」というレット君の名言通り、神に羞恥心はない。

へりくだってその御心に合わせるべきは塵に等しい、罪深き人間だからだ。

送れと言われれば送り、貯めろと言われればまた寄付集め。

エホバ様はその従順を喜ばれ、ハルマゲドンで殺さないでいてくれるそうだ。

これが宗教マゾヒズムというやつか。

かつては、自分たちの区域に、自分たちの王国会館を持つことが何よりの誉れ、真の崇拝の促進につながるとの意識を持て、と炊きつけて数千万の寄付を集め、リストラで合併売却を指示すればそのカネはも協会へ・・え?君たちのじゃないよ、エホバ様に献納したんだから支部の管理財産だよ?車で1時間くらいなら通えるでしょ?と、手のひらを返す。

だったらきちんと、も協会の登記にしてそこで指導監督されていることに責任を取ればいいのに。

神の名⑯

自分としては、クリスチャン向けに翻訳された旧約写本が、御名を神聖に扱う、との敬神の念からヘブライ文字yhwhをキュリオスと訳した、そして新約写本にはyhwhの直接転記や何らかの音訳が含められた形跡が皆無、という単純な事実証拠がすべてと思います。

イエスがWTの解釈通りに「御名を知らせた」のであれば、書物を一切著さなかった師の代わりに、その発声を聞いた使徒や弟子がそれをコイネーに音訳して70人訳写本や新約書簡にいっぱい残せばよかったのですが、何かの議論や逡巡があった形跡さえ、皆無です。

イエスが発声した言葉が直に音訳されている(日本語でもカタカナ表記が可能)のは、「エリエリレマサバクタニ」「エファタ」「タリタクミ」「アッバー」など、わずか数箇所しかなく、至高者に呼びかけるときに使った言葉も、アッバー(父よ)と、死の間際に搾り出すようにして呼びかけた詩篇の引用も、エリ(わたしの神)です。

写本の発見・研究が進んだ20世紀もJWが期待する?新約側の証拠なるものは見つからず、現存する写本証拠がこれだけ議論の余地なく明確なので、キリスト教では、キリスト教史での神名使用の議論は、過去も、今も存在さえしない、というスタンスのようです。

そこを逆手に取って、聖書やキリスト教史の知識がない人に、神名のローカル言語による便宜的な音訳表記をアピールして勧誘するのがJWです。

自分の周りにもいましたが、日本でも文語訳に愛着があり、このエホバというカタカナ3文字表記を使っている組織というだけで、どんな不祥事も指導部の偽善も過ちも免罪され、雲散霧消してしまう中高年信者がJWコミュニティーの中核にいます。

統治体もJehovah表記を使った新世界訳改訂版を優先しているらしいです。

・・が、先週の記事、アルバニア語でもう改訂版が出てるのかと思いきや2007年も搭のコピペ、従来版へのコメントらしいです。半ばツッコミ目的で読んでる自分さえ騙されました。

まー資金不足とはいえ、日本語でもそのうちにでるんでしょう。一応は聖書なんだし、発表されても電子版を読め、どうしてもというヤツだけ注文印刷、とはさすがに言えないしね。5月のタブレット購入促進祭りでは私的にも集会でも布教でもデータ版聖書を読め、2月の人もタブレットで聖書を読んでるのは気になるが。

自分も経験者なのでJehovah表記を全否定しませんし、その発声に愛着を持つ人がいるのも分かりますが、便宜上の表記が「真の宗教と悪魔の宗教」の境目になるとは到底思えません。

さらにWTの偏った聖書解釈と唯我独善の組織運営もあり、KJVやASV、文語訳で使われた頃は別に叩かれていなかったのに、今ではエホバは注文の多い不寛容な神、エホバの証人限定の部族神(組織神)の表記として、実情を知る人には嫌われちゃってます。

「不完全な」人間が御名をみだりに唱えてはならない、いたずらに担ってはならない、という掟はこういうことだったのか、を見事に例証してくれた組織です。イスラエルは律法の実践を怠って神名を汚した、その過ちから学び、旧約の型にもっと完璧に倣い神名を高めよう、とすれば同じ失敗を犯すだけなのに、そこから反面教師的に学ぶことを知りません。

せっかく新約で、キリストは自分が属するヘブライズムを反響版にして戒律主義や選民意識が生み出す敬虔競争からの自由を教え、自らは旧約(律法)ごと磔にされたというのに、その新約にまで写本にはないイスラエルの神名表記を音訳したものをねじ込みますからね。

せめて文語訳に倣うならそれだけはやめた方がいいんじゃないかと。

神の名⑮

文語訳旧約で使われた日本語のエホバ(ヱホバ)は英語のJehovahからきているようですが、英語のJehovahの起源はというと、よく分かりません(笑)が、エホ証ではありません。

英語自体が古英語から近代英語を経て複雑な過程で形成されてきているので、英単語そのものに語源が分かっていないものもあります。

聖書に使われた起源としては、KJV(ジェームズ王欽定訳)の旧約側4個所で、さらに遡ると、KJVがかなりの部分を参照しているティンダル聖書ですが、表記はIehouahだったとか。さらにその前のウィクリフ聖書には使われていないようです。ウィクリフやティンダルという名前が示すように、聖書が英訳されること自体、プロテスタンティズムによる宗教改革と関連があり、カトリック側はラテン語ウルガタ訳を公認しています。

KJVに4箇所使われたことから、Jehovahがどれほど「広く知られた」表記だったのかもよく分かりませんが、その表記の是非や使用頻度についてキリスト教史で議論された様子はないようです。

KJVから約300年後、Jehovahを本格的に使用したアメリカ標準訳(ASV)が作られ、日本でもほぼ同時期にヱホバを旧約側に使用した文語訳が作られます。JWの前身、聖書研究者がキリスト教の伝統解釈を否定した独自の教理体系を作り始めたのも、この時期です。

この流れからすると「エホバ」聖書はまず非JWが作り(既存の聖書で自説を展開したラッセルはエホバ表記にそこまでこだわった様子もなく、聖書研究者初期もKJVが使われていた)、2代目さんが「神の唯一の組織」を自称し始めたとき、この表記を便宜的に採用して団体名をエホバの証人に変えた、と言えるでしょう(夜中の2時に彼が思いついたらしい)。

しかし彼らが独自翻訳を出すまでになると、先週の記事にあったように、新世界訳(新約)の直後に出された改定標準訳(RSV)では逆にJehovah表記をぱったりやめています。日本でもメジャーな現代語訳では「エホバ」は使用されていません。

さらにJehovahはJHVH(英語の発音がY→Jに、W→Vに変化した)にアドナーイ(ヘブライ語で主)の母音を充てた造語(誤読)との可能性が指摘され、最近はヤㇵという短縮形に示唆されるようにヤーウェ(ヤㇵウェ)がより原音に近いとの見方が主流です。

そこにJWを異端視する思惑がどれほど働いたのかは知りませんが、キリスト教側はJWなど相手にもしていないというスタンスですので、その影響は否定するでしょう・・が、KJVにも出ていたJehovahをクリスチャンが使いたがらないのは、正確な発音という可能性は薄いことが分かった上に、とある新興団体の商標に落とされてしまったのも一因かもしれません。

ただASVの版権取得からNWT ⇒ RSV発行などきれいな住み分けで、それ以降Jehovah市場はJWの寡占状態になっている事実を考えると、累計部数が数十億(数百億↑という説も)と言われるモンスター本を扱うキリスト教ビジネスが、裏でカルテルでも組んでるのかと勘繰りたくなります。

キリスト教に限らず、主要なくくりの内部でも宗派などの対立軸があった方が盛り上がっているみたいですし、人とカネも動くのでしょう。それなりに聖書を「研究」しようと思えば、一人で数冊↑は入手せざるをえませんからね。(このブログは陰謀論とは関係ありません)


話はそれましたが、JW側はJehovah誤読説を否定も肯定もせず(オリジナル発音は失われた以上、その正確さの議論は無意味という、そこはけっこう適当なスタンス)、広く知られてきた?からこれでいいじゃん?という割と曖昧(笑)で便宜的な基準で採用しているだけです。

古さ、に限ればマソラ本文のレニングラード写本ではエフワー/エフウィと読むように発音記号が打たれているらしく、それにはティンダルが使ったIehouahが近いのかもしれません。

以上をまとめるとこんな感じになるかと思います。

Jehovahの起源はさておき、中世英語圏で幾らか使われた時期があった

19~20世紀初頭にそのJehovahを使った訳が英語や日本語(ヱホバ)で作られる

(他の言語は調べてないので知りません汗)

Jehovahは誤読との見方もあって使われなくなり、現在はWT協会による寡占状態
(それで勧誘ビジネスしている団体という意味で)

続きます。

神の名⑭

先週までのも記事・・

ますます分が悪くなっている、新約側の「エホバ復元」問題には一切触れていない。

直接証拠が皆無だからです。

その記事が指摘するように、西暦前2世紀(キリスト教なんてまだどこにも存在しません笑)から西暦1世紀に作られた70人訳写本(そしてはこれは旧約)にyhwhの転記が残っているものがある・・が、これはWT洞察が認めるように「ユダヤ人が(ギリシャ語を話す)ユダヤ人のために」翻訳したもの、と考えられます。

「聖書からyhwhを抜き去った?」のが、他ならぬ、キリスト教をローマ圏に広めた1世紀以降の使徒や弟子たちだった、という可能性に気づかれてしまうからでしょうか。

現存する新約側の証拠はすべてねつ造されている、失われた原本や一切残っていない最初期の写本にはあった「はず」、というのは信仰としては「信じたいんだからほっといてくれよ」レベルの仕方ない話ですが、およそ学問的な主張にはならない。

カレブさんが指摘する新バビロニアの「20年の空白」と同じで、解釈や希望的憶測ではなく、直接証拠が一切ないのに、新約側に「復元」したと言い張るのは、学問的に全く信用に価しない翻訳だと自ら言ってしまうようなものだからスルーなんでしょう。

70人訳自体がすでにキリスト教に「乗っ取られている」「ねつ造・改ざんされている」聖書だと言う学者もいます。しかしyhwhをキュリオスと訳したことは都合よく背教的改ざんだよ、と主張しておいて、現存する新約写本のそれ以外の箇所は、まことの神によって保存されてきた一字一句違うことのないみ言葉だ、と崇めるのは矛盾してませんかねぇ。

一番大事なはず?・・の神名だけは保存し忘れたか、できなかったのかな。

「諸国民への使徒」パウロがユダヤ人が使っていたヘブライ文字表記yhwhを自らのギリシャ語書簡で、旧約引用を含めて1回も使っていないのが背教なら、それは何からの背教なのか。

新約写本にはその最古のものにさえ、yhwhはありません。

ユダヤ人向けの古い70人訳写本にあるとはいえ、それはヘブライ文字yhwhの直接転記です。
(一部にギリシャ語アルファベットへの翻字、さらに母音を加えたものもわずかにある)

旧約ヘブライ語側には「復元」しましたよ、というのはまあいいとして、原文にはない母音を加えてしまうのは、その発音が「正しいか間違いか」の議論は別にして、いいのかな。

御名を神聖に扱う、との敬神の念から、キリスト教初期の70人訳写本がyhwhの音訳を避け、彼らにとって至高者を意味するキュリオスと訳すようになった、ことは尊重できると思います。

新世界訳改訂版もシェオルやハデスの音訳をやめ、「墓」と意訳するようになっています。

大元のギリシャ語にさえ音訳されていない御名を、「主」と意訳したのが70人訳です。

どうしても旧約側に「復元」するならユダヤ人向けの70人訳写本に倣い、ヘブライ文字のまま直接転記でいいのかもしれませんが、エホバの証人側の主張通り、他言語で母音を付けて音訳した神名を使用したのは彼らが最初ではなく、それが「悪い」とも言い切れません。

それについては次回。

悪魔の要請

『ではどうなるでしょうか。見せかけであっても真実であっても、あらゆる方法でキリストが言い広められている、ということにほかなりません。そのことをわたしは歓んでいます。そうです、これからも歓んでゆくのです』(パウロ)

自分たちの解釈による「キリスト」を、自分たちの解釈による「王国」を、自分たちの解釈する「方法」で布教しないと、イエスに従っていることにはならない、という新興教団もあります。

自分たちの解釈を、自分たちの方法で宣伝している団体が他にあるのか?(ある訳がない)

奇妙な独自性 ⇒ 唯一の正当性にすり替え、そして唯一正しい組織 ⇒ だから奇妙な指示でも間違う指導者でも従え、という思考停止ループ状態に信者を陥れるトートロジー。

「正当性」を主張する試みにつきまとうのが「悪魔」です。

「あなたが神の子であるなら・・○○してみせよ」

正しさ(神の後ろ盾?)を示そうとする誘いこそ、人の内に住む悪魔なのか。

神の「正」当性を証明するために、「負」の悪魔の出番が要請される。

悪魔が認識上の存在か、実在上の存在か、という議論に興味はないです。

ミカエルは悪魔と「意見を異にした」らしい。

意見が異なるときに必然と生じる、「どっちが正しいか」論争。

自分の神(垂木)は他人の悪魔(わら)、他人の神が自分の悪魔になる。

キリストは自己の正当性や神性(神の子)を証明しようとする誘惑を退けた。

イエスが行なった奇跡が神の子だと証明している?

じゃあ、その奇跡はどうやって「証明」するのかな。

神の子だからできたはずと信じるんでしょ。その奇跡が神の子だと証明するのか。

ただのトートロジー。そんな必要に迫られてイエスが奇跡を披露したとは思えない。

てか、おもいっきり悪魔の誘惑だよねそれ。

イエスは自己の正当性を証明するどころか、あらゆる非難を自ら「負って」磔にされた。

その弟子と称する者たちが「奇跡の組織」を自称し、唯一の正当性を証明しようと必死です。

「偽り=負の」中傷と「正当な=正の」批判は、どこで線を引くのか。

そこでも終わりなき論争が始まる。悪魔が好む餌だ。

ただ、異なる意見を主張すること(“間違っている”と思う意見を主張する人などいない)、ぶつけ合うこと、時には相手方を批判すること、の枠を超えて、「他人の意見信条は悪魔の偽り」とまで主張する精神にこそ悪魔が宿る隙があると、聖書は教えているのかもしれません。

人の真実

知識、というと本を読む、お勉強をする、というイメージがあります。

でもだれかを「知るようになる」というと、少し違ったイメージになる。

もう死んでしまった人の場合、その人が書き遺した文章を読む、その人を親しく知っていた人の話を聞く、その人について研究考察した二次文献を読む、などの方法に限られます。

でも確かな方法は、その人と親しく交際すること(生きていれば)です。

人づての話は確かでない場合があります。

キリスト教は初めから書物宗教だった訳でもなく、初期キリスト教は「人」を通して広まった。正典が権威付けられたのは異端排除が目的の一つのようです。

すでに死んで久しいキリストについていろんなことを言う人が出始めたのは事実です。

現在でも「史的イエス」「宣教されたイエス」・・いろんな真実があります。

『ではどうなるでしょうか。見せかけであっても真実であっても、あらゆる方法でキリストが言い広められている、ということにほかなりません。そのことをわたしは歓んでいます。そうです、これからも歓んでゆくのです』(パウロ)

あらゆるキリストが言い広められるとして、それを歓んでいいのではないかと思います。

特に日本のエホバの証人はキリスト教について知りません。文字を読むこと、しかもWT教材での否定的で偏見と蔑視に満ちた文字情報でしか知らないからです。

エホバの証人は逆の主張をする訳で、批判者のサイトや本は自分たちに関する否定的で偏見と憎しみに満ちた文字情報でしかない、と言います。

ただ彼らが指摘されるのは、他信条を持つ人との私的関わり(文献を読むこと含む)に否定的制限を加え、自宗派のみが唯一正しく、他宗派全部は悪魔の偽り、と教化している事実です。

その、神でもキリストでもないもの、自組織に対する信仰が、この宗教に関わってしまった人たちの悲劇の原因と思います。児童虐待隠蔽、排斥忌避、終末リミットの重ね塗り、2世への歪んだ愛情・・すべては組織の評判を守り、非信者(自分の子ども含む)を組織に導き、かつ留まらせることが至高善、という純粋な動機(と心底から思っている)が背後にある。

その至高善のためにはあらゆる手段が「正当化」される。

騙そう、傷つけよう、苦しめようという悪意はこれっぽちもないのに、その一方的な善意が結果的に、時には悪意よりも深く騙し、傷つけ、苦しめていることがWT問題を複雑にする。


話がそれましたが、キリスト教やJWについての本やサイトを読むときに「正しいか間違いか」、さらには「神の真理か悪魔の嘘か」という乱暴な視点ではなく(二次的な文字情報では確かめようがない事も多い)、その人の真実・・その人がそう考えている、その人はそう感じている、という事実を汲み取ろうとする姿勢が、その人やその人の信念を「知るようになること」なのかもしれません。

神はどうだか知りませんが、宗教とは信じる「人」がいて成り立つものでしょうから。

禁断の果実?

わずか2~3年くらい前、今時の若者を白目で見る中年マイコン姉妹の良心の叫び。

「集会中にたぶれっと?で聖書を見るなんて不敬よ!いずれ組織が指示を出すわ!」

別に聖書はタブレットを禁じてもいないので、それもどうかと思うが。

まさかのタブレット解禁どころか、タブレットない人の疎外感が半端ないネット教育。

5月の集会はJWライブラリ祭りのようです。

現在、タブレット(もちろんApple製)を使いこなせず、若いシマイに教えを乞う日々。

iPadを使っての、も協会発信限定の情報検索スキルが霊性の向上とやらにつながるらしい。

聖書とは全く関係のないところで“良心”が右往左往することに疑問はないのだろうか。

ないんでしょうね。

組織に歩調(良心)を合わせ、へりくだって若いシマイに教えを乞う謙遜な方なので。

情弱中高年シマイたちには、iPadでなければJWライブラリを使えない、さらにはJW.orgにもアクセスできない、もっというと真のタブレット(笑)= iPadだと思っている人もいる。

1914やBC607、奴隷=統治体、の刷り込みに比べれば容易いものだろう。

JW信者数は大したことないとはいえ、信者間では視聴率100%に近いであろうJWブロードキャスティング。事実そうなのか、結果的にそうなっているだけなのかは知らないが、Appleにとって魅力的な広告塔の一つになっているのは間違いない。

WT協会も世の流れに逆らえず、不況にあえぐ出版印刷ビジネスからの撤退脱却に忙しい。Goole、Yahoo、多様なコミュニケーションツールやネットサービスを“タダ”で利用できる時代、「タダより高いものはない」とは、もはやJW.orgでの「無償の教育」にも言えそうだ。

この組織はついにAppleという禁断の果実に手を出したのか。
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