百匹目の羊

聖書に「百匹目の羊」のたとえがあります。失われた一匹の羊を見つけると、羊飼いは残りの99匹以上にそのことを歓ぶのです。

これが聖書の示す精神だと思います。数とか割合の問題ではないのです。

しかし統治体の基本的な考えは↓です。「良心の危機」からの引用です。

「そのジャラズ(統治体のメンバー)が、『目下話し合いの対象となっている状況において、現行の方針によって苦しい立場に立つ兄弟も確かにいる』と言い、さらにこう続けた。『この兄弟たちが気の毒だと思う気持ちがないわけではないが、我々は二人や三人の人間だけを扱っているわけではないことも常に頭に置いておかないといけない。世界規模の組織を扱っているわけだから、この世界レベルの組織全体に与える影響を考えないといけない』」

つまり、個々の信者に同情しない訳ではないが、組織全体のことを考える責任がある・・結局、どの組織もいくらかおっきくなるとこうならざるをえない、見本のような精神です。我々は99匹の方が大事だ、と言っているようなものです。

組織全体の益が優先される・・“世”の官僚組織、会社組織ではあたりまえのことです。組織都合のやり方や業務命令、上司とソリが合わない、なんてどの組織でもあるでしょう。それでも不平不満はその夜の酒で流し込んで次の日は文句も口にせず頑張って働いています。

でもJWは人間の組織ではない、この世で唯一の神の組織であり、聖書の精神に基づいた奇跡のような愛ある組織だ、という謳い文句で勧誘しているのです。その宣伝を聞かされて信じて入った人が組織のためには「二人や三人」の犠牲には目をつぶれと言われて、はいそうですか、とはならないでしょう。

特権を追わされることに燃え尽きて気持ちや体を病んでしまった人、若さゆえ、弱さゆえの過ちを犯したのにJWを続ける明確な意思を示さなかったというだけで排斥にされ家族との絆が断たれた人、組織長老や巡回さんとのトラブルで傷つき、排除された人・・

少なくとも、↑の割合は100人に1人どころではないはずです。

日本では毎年約3000人が上のような宣伝文句で勧誘されているのに、もう15年くらい横ばいどころか数を減らしているのです。死去や海外移動(出戻る人も多い)を考えても、数万人規模で脱落しているはずです。

排斥や資格はく奪の理由は絶対に公表されません。不名誉な理由なら当人の尊厳を重んじているという建前の裏で、その秘匿性は容易に悪用できるのも事実です。不当に裁かれた人は会衆内で訴えようとすれば「背教者」にするぞと脅されるのです。この組織では背教者に「なる」のではなく「される」のです。そんなやり方が聖書的とはとても思えません。

組織全体のために百匹目の羊を崖から突き落とし、何も知らされない残りの99匹が囲いの中で草をはんでいる様子だけを公開・宣伝するお花畑牧場組織でいいのでしょうか。
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ロジスティック曲線③

こちらのサイトにあるのが日本のJW増加曲線です。

1972年からなので、最初の方の指数的曲線は見えませんが、限界量に近づいた時の曲がりっぷりはすごいですね。ロジスティック的な予想では増加率を鈍らせながらも緩やかに上昇を続けて25万人前後はいきそうでしたが、その予想すら裏切って数を減らしています。これには日本特有の問題もあるのでしょう。

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ただ世界全体では、母体数(世界人口)が↑のようにまだ急増加の最中にあり、毎年8000万人↑のペースで増加しています(それもこのグラフで示されるように、今世紀中にはロジスティック的に増加が鈍るという予想が主流のようです)。JW純増数の稼ぎ頭である、アメリカ・ブラジル・メキシコ・ナイジェリアは人口も増え続けています。そのおかげで、JWもかろうじて2%程度で緩やかに増え続けていますが、世界人口の増加率には及ばずJW増加率の方が先にはっきりと鈍り始めています。

さらに以前の記事で書いたように、個体数で言えば神がハルマゲドンで虐殺する人間が1年ごとに8000万人以上、加速的に増え続けることを意味します。自分たちの増加を自慢するよりも、神に虐殺されると彼らが主張する世界の人口がどれだけ増えたのかを考えないのでしょうか。

しかもJWの風前の灯のような増加率さえ、資金難や世界中で止まらない内部告発によってどうなることか・・一方、日本では母体数(人口)が増えていないので、目立った増加は望み薄でしょう。

まとめ:人口の増加がほぼ止まっている国でJW増加のピークが過ぎると、その増加率も軒並み0、また0に近づいているということは、どの国でもJWの存在を許容できる一定限界量= Lの割合が存在することを示しています。その値は、キリスト教国かどうか、アメリカとの親密度などの要素により異なりますが、総人口の0.1以下~0.3%程度です。JWは“増加は神の祝福の証拠”・・と言いますが、その増加の仕方は社会における思想・ファッション・製品などの一般的な普及率、伝染率にほぼ従っているように見えます。

ロジスティック曲線②

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ものみの塔2014年1月15日号14、5ページのグラフ↑は前記事のWikiのよりかなり横に引き伸ばされています。さらに10年ごとに荒くポイントを取った折れ線グラフにしているだけでなく、増加率の変化が激しい1980-2000は1990を飛ばして20年分で一直線です。全体的に直線にならした印象で、1975~1980年の不自然な停滞期や、1986年をピーク(7%)にした増加率の減少が見えにくくなっている(現在は再び2%を切った)のが分かります。工夫してるな~と感じます。

にしても直線的に見えるな~とふと思ったら気づいちゃいました。横軸の時間は10年ごと、きっちり等間隔で振ってあります。でも人数を示す縦軸というものが14ページ側にもなく、当然目盛りもないのですね。もしや・・と思い測ってみました。見逃しませんよ。

1980年時点の「2,175,403」、横軸からの高さを実測しますと、きっかり1.2cmです。1cmあたりに直すと、「約1,813,000」です。2000年での高さは、3.2~3.3の真ん中、3.25くらいでしょうか。同じ割合で計算しても、約「5,890,000」ちょっとです。あれ?「6,035,000」は僅かですがもう少し高い位置にあるはずです。

同じように2010年での高さは4.0~4.1の中間、4.05cmとします。同じく計算すると、「7,342,000」です。ん?ここは逆に、もう僅か低い位置のはずです。

両方とも差にして1mmあるかないかのいやらしい~誤差です。でも、縦方向は間違いなく厳密には振られていないです。僅かであっても2000年を低めに、2010を高めにすることで、増加率の鈍り方を少しでも目立たなくして直線に近づけたい思惑が伺えます。この横長のグラフではそれぞれ1mmずらすだけでも結構見え方が変わると思います。さらに2000→2010の傾きでさえ正確ではないのに、2010~の予測線は、さらにその傾きからも上方修正しているという・・直近の2011→2012でさえ増加率2.4%から1.9%に下がってませんでしたっけ。

僅かな差ですが、「嘘をついてでも実態より良く見せよう」という発想は、商売の根幹を揺るがす、らしいですよ。あ、これも目盛自体を振ってないんだからウソにもならないのか。

次回に続きます。

ロジスティック曲線①

この世界の増加が指数的と言っても、あらゆる生物が無限に増え続けることはありません。スマホが加速的に普及しているとは言っても、スマホを持っている人数が人口を越えることもありません。ある集団・環境・市場の中で、何かが発生・伝染・普及していく様子を近似的に表すものとして知られているのがロジスティック曲線です。

集団全体の中である個体が存在できる限界量(飽和量)を L とします。その中で、すでになっちゃった人を x とします。当然、x<Lです。

すると、これからなっちゃう可能性のある、“新しい人”の割合は、(L-x)/L になります。

増加率を r とします。r はその個体が増加する勢いを表します。

以上を使って時間 t の経過(増分)dt に対する x の増加 dx を表すと、

dx = r・(L-x)/L・x dt になります。Wikiにある式と同じです。

ここで両辺を dt で割ると微分方程式っぽくなって、dx/dt(増加・変化の割合)が一定(直線)ではなく、x に比例していることをイミします。

x(なっちゃった人)がまだ0に近い時は、dx/dt = rx、つまり普通の指数曲線のように増加しますが、x = L(限界量)に近づくと、増加率は反転して減少することを示す式です。

グラフにすると、基本は↓のような形になります。

logistics_image_convert_20131223065420.jpgJWStats_convert_20131223065712.png

・・なんかJWの増加曲線(下)に似てませんか。(Wikiより)

1970年あたりから指数的増加(直線ではない加速的増加)が見え始めますが、1975年が外れていったんリセット、約10年の空白をぬかすと1985年くらいから繋がる感じです。1995年あたりから増加率の減衰が始まっています。これも1995年の“調整”による影響があるかと思いますが、結果としてロジスティック曲線に似てしまっているのは何とも皮肉です。

この曲線もどう見せたいかで、縦・横軸のメモリ幅を調節してどちら方向にも伸縮可能です。

実際、ものみの塔2014年1月15日号14、15ページのグラフは↑のWikiのものとかなり見え方が違います。使っている数字は同じなのに・・それについては次回。

十進法世界②

来年、JWがしがみつく1914年からいよいよ「100年」が経ちます。この「100年」も十進法表記では何となく区切りの年に「見えて」しまいます。1914年から完全に一時代が経過してしまう感は否めません。ものみの塔2014年1月15日号もこの「100年」を意識して、むしろ「100年の実績」を逆手に取って組織を賛美し、信者離れを食い止めようと必死です。

「2000」という十進法上のミレニアム世紀末に便乗し、「1914」「1925」「1975」などのオリジナルの数字を利用して終末感を煽ってきた新興宗教が、同じ数字によって窮地に立たされようとしているのは何とも皮肉です。カトリックの世界的権威と伝統を非難して信者を獲得してきた組織が、自らのささいな歴史と拡大を根拠にして権威を振りかざし始めるようでは、もうこの組織の存在意義も失われつつあるのかな、としみじみ思います。

JW最後の砦とも言える「1914年から約80年」も何事もなく過ぎ去りました。

人間の作った(発見した?)数や代数記号は、時に不思議な様相を呈することもありますが、宗教的信仰とは関係ありません。むしろ特定の数字を「超」自然の存在やその意志とリンクさせようとする試みはオカルト、カルトの類です。脈絡も関係も全くない聖書のあちこちから引っ張り出した数字を隠された暗号であるかのように組み合わせて「1914」を算出するやり方もそれに近いと感じますし、その起点となるBC607年でさえ歴史的に否定されているのです。しかしJW組織は未だにそんな数字と決別できないでいます。現在は「1914」年から「2」世代解釈を指導部が命じるがまま宣伝させられている現役JWの皆さん、この過ちをまだ繰り返し続けて真実の神の名を汚すことはもうやめませんか。

十進法という、10の○乗で桁を区別する指数的表記の自分なり捉え方を書きましたが、いずれにしても何かの数字に信仰を置くのは聖書の示す所ではないと思います。

十進法世界①

JWとは何の関係もない話・・でもありません。

かつて「1999」年に何かがあると信じた人もいます。自分もブログのアドレスにこの数字入れていますが・・深い意味はありません。JWもミレニアム世紀末に乗じて「1914」「1925」「1975」「1914+80くらい」などの数字を利用して「2000」へのカウントダウン的にハルマゲドンを煽るに煽り、そのすべてを見事に外してきました。

自分も含めてこの「19○○」という数字に惑わされてしまったのはなぜか?と考えました。

① 十進法で数えているから?

この数え方では0,1,2,3・・8,9と十の記号を使い、足りなくなると一ケタ繰り上がります。

十進法に限ったことではありませんが、数を表すのに使う「数字=記号」の数が多いほど、大きいケタが一つ繰り上がる、というのは何か特別なイベント感が生まれます。

十進法の世界では1999から2000と表記上切りよく見えるタイミングで繰り上がる時は1000年に一度しか来ない。この場合でも「1000年」とは十進法の「1000年」であって、二進法の世界だったら、たったの「八年」なんですけどね。八進法なら1777年が20世紀末になりますが、十進法に直すと1023年という半端な数でしかない。

② この数え方が指数的だから?

都市や県の人口で「10万都市」「100万都市」という言葉があるように、10万人台、100万人台が多い。日本の都道府県の人口では左の桁が「1」であるものが20(東京都含む)、次いで「2」であるものが10、この2つですでに過半数を占める。「9」で始まる人口の県は香川と神奈川の2つだけ。そして日本全体の人口も左の桁は「1」です。

これは十進法の表記が、各位の数が10の○乗を基本としてその何倍かを表しているためで、10を底とする(桁数を表す)常用対数logを使うとその割合は大体そんな感じになっています。年号の2013も数字が4つ並んでいるだけですが、各位の背後に10の○乗という指数が隠れています。

基数1に2を十回かけると1024(2の十乗)です。これは10の三乗とほぼ等しくなります。10回かけて3桁分だから、1回分は約0.3です。それでlog2は約0.3で約3割、同じようにlog3で約0.475となり約半分、log9 = 0.954とlog10 =1の差は0.046で約20分の1、日本の都道府県数47に対して「9」で始まる人口の県が存在する期待値は47×0.046 = およそ2.3になり、現実はその予測にほぼ沿っている(香川と神奈川の2つしかない)のです。

世界人口で見ても、JW年鑑に載っている国数239に0.046をかけますと期待値は10.994 = 約11です。実際に数えてみると、人口が「9」で始まる国は・・きっかり11です。・・おや?人間が考えた(発見した?)数にこの世界が従っているように「見える」のです。

話が長くなりましたが、何が言いたいかというと、指数的な十進法世界では左の桁に「9」という数字が出てくる確率が低く(“すぐに”繰り上がるというイメージ)、「1」が最も多いのです。「1999」のように「9」が3つ並んで左の桁が「1」から「2」に繰り上がるのはビッグイベントなのです。

野球でも「2000」本になるとそのハードルはグっと上がり、名選手の入り口になります。ピッチャーでは「200勝」です。本塁打は「200本」ではそこまで注目されませんが、左桁が「繰り上がる」につれ達成した人数は少なくなる、というのは同じです。

電話番号のように桁数固定の人工数を無作為に抽出してもこの現象は起きず、どの数字も等しい確率で入っています。西暦の年号も1900年代の100年間が、それより前の100年より速く過ぎるということはありません・・が、他にも理由はあるにしろ、「2000」を目前にした「19○○」という数字に、何かデカイことの直前的な“特別な時代感”を持ってしまったのはこの数え方による錯覚も一因なのかもしれません。(個人的仮説です)

続きます。

無批判な従属

「義に過ぎてはならない」の記事で、組織のトップが食品偽装などの不祥事発覚時に使う言い訳について書きました。組織の保身が優先されるので、歯切れの悪い謝罪や自己弁護に終始します。そのことに幻滅する従業員が増えているようです。「自分はこんなところで働いていたのか・・」と妻も子供もある身ではありながら、さらなる内部告発に踏み切る人がいるとのことです。(msnニュースの論評記事より)

『ホテル関係者らに取材を重ねて感じたのは、経営陣と、従業員らとの間に吹く微妙なすきま風だ。組織に対する無批判な従属と、閉鎖的な体質が不正の温床となる-。これまでも企業の不祥事が発覚するたびに指摘されてきた構図が、この業界にもあった・・検察幹部は「人は場当たり的で、何となく一線を越える」と指摘する』

JW組織について言えば、ここ最近の寄付の徴収や「1914年から2世代」解釈なども、越えてはいけない一線を越えたと思っています。それらは刑事的責任に問われるものでは当然ありませんが、児童虐待問題のように組織の隠蔽体質の責が認められて民事裁判で敗訴しているものもあります。だれしも、人である以上「場当たり的に何となく一線を超えてしまう」ことはあると思います。そのことには組織への無批判な従属にも責任があるのかもしれません。

『学識者らは、「商道徳が希薄になっている」ことが一番の問題だと指摘する。「嘘をついてでも実態より良く見せよう」という発想は、商売の根幹を揺るがすという警告だ』

問題を公表せず、嘘をついてでも実態よりよく見せる・・これが商売の根幹を揺るがすなら、宗教においては言うまでもないでしょう。

ただこの記事を書いた方は、今回の一連の報道で騒がれてしまうことには同情しています。

「食材を偽装表示した店側に非があるのは言うまでもないが、満足感の面において『真実を知らなければ誰もが幸せだったのに』という問題だったように思う」

「知らなければ幸せ」・・エビが「大正エビ」だったかどうかレベルの話ならそれもアリだと思います。だからといって偽装が許されることは決してありませんが、大正エビと思い込んでおいしく食べたところでその後の人生にさし障りはありませんし、家族が崩壊することもありません。

しかし、「唯一の真理」を教えると主張し、人の一生や命そのものを左右する解釈にまで立ち入りそれを宣伝する宗教団体にそんな言い訳は通用しないと信じます。

最悪の教育

ものみの塔記事にいちいちツッコむのも飽きてきたのでしばらくスルーでした。でも昨日の記事はかなり酷く最悪だったので久しぶりにネタにします。

記事全体の聖句:『自分の務めを怠ってはなりません・・エホバに奴隷として仕えなさい』

・・「自分の務め」とは何でしょうか。文脈を見ると、クリスチャンはそれぞれが異なった賜物(=能力)を持っていて、「預言であれば預言をし、奉仕の務めであればその務めに携わり、教える者はその業に・・」というように、自分に与えられた賜物を十分に生かせ、ということであり、この記事が悪とする物質主義との絡みは全くありません。

もう一つ、ペテロの聖句です。

『彼らは昼間のぜいたくな生活を楽しみとし・・肉の欲望とみだらな習慣によって唆す』

・・「彼ら」とはだれでしょうか。これも文脈を見ると、「肉を汚そうとの欲望を抱いてそれに従う、姦淫に満ちた目を持つ偽教師」たちです。その前例として、あまりの堕落っぷりに神が天からの火で滅ぼしたとされるソドムとゴモラの、「放縦でみだらな行いにふける無法な人々」を挙げています。

しかし、ものみの塔はこれらの聖句を使って普通の生活を否定し、罪悪感を抱かせます。

「大型スーパーマーケットがどんどん建っています」

→ 便利になっていいじゃないですか。

「旅行会社は、外国の珍しい場所への旅行を勧めます」

→ たまには行ってみたらいいじゃないですか。

「そういうツアーは、世の人と一緒の団体旅行です」

→ 「世の人」呼ばわりしてよそよそしくしたら雰囲気ブチ壊しじゃないですか。

何度も言いますが、そういう普通の生活を「犠牲」にして宗教に生きる、というなら構いませんが、等しく神からの賜物である「普通の生活の喜び」を、「みだらな習慣」とか「サタンの奴隷」に結び付けるような教育はもう本当にやめてください。

最近、周期的に出るこの手の記事にちりばめられるのが「サタン」です。

「どうすれば、サタンとその世の奴隷になることを避けられますか」
「世の支配者サタンは、エホバに対する忠節を砕こうとして火矢を放ちます」
サタンが用いる方法の一つは、この世を魅力的に見せることです」
サタンはお金があれば幸福になれる、という見方を助長します」
「この世の見えない主人である悪魔サタンの奴隷になってしまいます」
「だれかが進んでエホバに奴隷として仕えることを、サタンは快く思わないのです」
サタンは、世での成功は満足をもたらすという考えを奨励します」
「クリスチャンはサタンではなく神のご意志のために生きます」

覚醒した自分でも軽く気持ち悪くなります。これが、この記事が自画自賛する「最高の教育」らしいです。自分的には最悪の記事でした。JWのみなさん、家の近くにショッピングモールができたらサタンの仕業ですよん。

止まらない懇願③

寄付の話になったので思い出しましたが、王国会館を巡るトラブルが増えているようです。

ネックになるのは土地です。上物は、普段からタダ開拓をしているJWが布教時間の免除制度を利用して建てに来てくれるというよくできたシステムがあります。

しかし土地を買うと数千万レベルの話になるので、“研究生”や“未信者のご主人”、そして会衆のメンバーの中で土地を所有している人から、安くリースしてもらうケースもあります。

しかし非信者の地主だけでなく会衆のメンバーでも、組織や会衆、長老とのトラブルで態度が豹変、というをトラブルをあちこちで聞きます。

でも土地を購入、または別場所に会館を建てようと思う場合、ものみの塔協会さんは口は出しますがお金は出しません。貸してくれる場合もありますが、それにも“審査”があり10年~20年くらいで全額の返済が要求されます。

災害がらみの修繕に限りタダでしてくれる場合もありますが、今やそれも事実上の保険代名目で全信者から一人数百円の金額を指定して毎年送金させています。ぬかりはありません。

ローカル信者は各地の王国会館のためと思い「王国会館基金」という名目の寄付箱にお金を入れますが、協会さんはそれを「貸し付け」に使って全額きっちり回収する一方で、さらなる寄付を募り続けているのです。

『あなた方はただで受けたのです、ただで与えなさい』

これと真逆のことをして億どころか百億単位の巨額資産を蓄えながら公表せず、さらに最近では小刻みな名目を使い一人あたまの金額を指示して寄付集めに余念がないのがものみの塔協会さんです。

聖書中のクリスチャンは個人の家で集まっていました。寄付を呼びかけた記録もあるにはありますが、飢きんのために困窮する仲間のためでした。億単位の高額不動産をあちこちに取得し、維持するために寄付を募ることが「他の人の必要を顧みる」こととどう関係あるのでしょうか。

近年、ローカル会衆に次々に決議を取らせて協会には確実に一定額が送金されるよう指示しておいて、各信者がローカル会衆に寄付するのは自発的、なんて言い逃れするのは完全にやってはいけない一線を超えたと思っています。

「人間に金銭の支持を請い求めることは絶対にしない。神が資金を供給しないなら出版をやめる時」・・それが聖書的な寄付の在り方だと大見栄をきったのはものみの塔です。しかし最近では「大会ホール維持費」の名目でも一人あたり800円を徴収しておいて、しかもさらに「改修工事費」名目で周囲の会衆に別枠で送金させる動きもあるとのことです。

懇願や指示をしなければ費用が集まらないのなら大会ホールを閉鎖すべき時です。あなたたち自身がそう言ったのです。もうこれ以上ウソをつかないでください。

止まらない懇願②

今年の11月のものみの塔では例年通り、現金、貴金属、高額な物品(笑)、不動産などを「ものみの塔協会」さんに直接寄付できる方法が説明されていました。さらにここ何年かは問い合わせのための住所だけでなく、代表電話番号も載せられるようになりました。

ものみの塔の代表電話番号はだれでも調べれば分かるものですが、この番号が寄付を懇願する信者向けの記事に載せられる、ということは寄付の話に限っては個人で「協会」さんに連絡してもよい、ということと思われます。

末端のJWがものみの塔協会に直接電話をかけるなど、まずありません。聖書や印刷物についての質問、悩み事の相談等は、末端信者⇒ローカル長老⇒巡回さん⇒支部というルートに従うことが暗黙の了解になっていて、長老を飛び越えて支部どころか巡回さんに直接電話することさえ恐れ多いとされています。また長老でも、巡回さんを飛び越えていきなり支部に電話することはまずしません。

でも、高額寄付の話だったら遠慮なく相談の電話をくださいね♪ということのようです。

印刷物中で、末端の信者に対して愛あるベテル(支部事務所)に直接電話することが明確に勧められている理由がお金の話、ということに何の疑問も感じないのでしょうか。

特権を追い続けたことによる燃え尽きや、対人関係のトラブルで気持ちを病んでしまった方たちのフォローをするのはすべてローカル長老です。会衆によっては深夜に電話がかかってくるなんて話も聞きます。苦しくてどうしようもないけど翌日の仕事も家族もある長老には遠慮してかけられないとか、以前に傷つけるようなことを言われた長老には怖くて電話もできないという人もいます。

愛ある組織というなら、ご自慢のウン十億円の最新輪転機を嬉々として操作するよりも、24時間体制で話を聞いてくれるホットラインくらい作ってほしいものですがね。寄付の記事の時だけベテルの電話番号載せるのやめてください(笑)。

・・相変わらずのそれっぷりですが、話を戻すとその記事では遺贈や保険も協会さん宛てにできますよ、と告知されています。どれくらいの人がそんなことするのか知りませんが、JW以外の親族とは付き合いがなく子供もいない、という組織に忠実な人はそうしたいと思う事もあるのでしょうか。

無理難題な戒律でJW以外やJWをやめた親族と絶縁、もしくは疎遠な関係に追い込み、さらに特権をエサにして子供を持たせないようにすることにはそういうメリットもあるのか?・・とさえ思ってしまいます。子供のいない極貧開拓者でも最後は自分の命そのものを担保にすれば協会さんにまとまった額の寄付ができますからね。組織にすべてを捧げる人生を全うできること間違いなしです。

JWは商業主義を批判しながらも保険業そのものに否定的な立場を取ってきた訳ではなく、個人の判断、ということにしています・・が、ほとんどの人が生命保険に入る目的は、残される家族に経済的な負担をかけたくないからでしょう。法律的には何も問題はないとしても、自分たちの宗教法人を保険の受け取り名義人にできる場合がありますよ、などクリスチャンの集会で扱われるべき“聖書的な”内容とはとても思えませんがね・・何の保険なんですか、それ。
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