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明石順三②

前回の続き。明石順三の質問状について。

一,少なくとも過去十年間,聖書真理の解明に進歩の跡を認め得ず。

エホ証の聖書解釈はざっくり言うと、8-9割が創始者ラッセル、残りを2代目会長ラザフォード作り上げた。が、3代目会長ノアは組織を拡大するビジネス手腕は持っていたが、本当に聖書を研究していたのかと思えるくらい、彼の時代以降、新たな理解は見出されなくなった。「エホバの証人」という名称を採用するあたりから、彼らは聖書研究者であることをやめ、組織を拡大する業(活動)にのみ傾倒する権威主義的な組織を作り上げることにしか関心がないからだ。今でも場当たり的な解釈変更があるだけで、10年どころか60年以上何の進歩もない。

三,所謂「神の国」証言運動の督励方針は要するにワッチタワー協会の会員の獲得運動たるに過ぎず。

ノアの時代になって組織を拡大する活動ばかりが強調される傾向は強まる。「神の王国」の臣民を集めている、と大仰な主張をしてはいても、結局は「ものみの塔協会」という宗教法人の信者数を増やそうとしているだけ。明石はそのむなしさに気づいていた。

五,その自ら意識すると否とにかかわらず,種々の対人的規約や規則の作製は,せっかく主イエスによって真のクリスチャンに与えられたる自由を奪い,ワッチタワー総本部に対する盲従を彼らの上に強制するの結集を到来せしめつつあり。

聖書の理解においては何の進歩もない一方で、組織の統制・拡大のために要求、規則が付け加えらてきた。長老たちには聖書そのものよりも、ユダヤ人のミシュナのごとき過去の出版物(数十年分の「ものみの塔」「王国宣教」「組織」の本、長老の「教科書」)、また膨大な量に及ぶ「協会からの手紙」に精通し、その指示に服従することが要求される。

六,総本部はワッチタワー信徒に対して,この世との非妥協を教示しつつあるにもかかわらず,総本部自身の行動はこの世に対する妥協の実証歴然たるものあり。

別の記事でも書いたが、ラザフォードは執拗なまでにナチスを非難し、ドイツのエホ証を生贄にするかのごとく迫害を煽っておきながら、アメリカでは大星条旗がステージ正面に堂々と掲げられた会場で大会を開いていた。ドイツや日本では信者が厳しい迫害にさらされながら、戦勝国アメリカではそのような迫害はなかった。明石がエホバの証人が本当に「中立」なのか疑念を抱いたのも無理はない。

七,所謂「ギレアデ神学校」の建設は,聖書の示す所と絶対に背反逆行せり。

「神学校」や「僧職者階級」などの言葉で他のキリスト教を非難しながら、ノアの時代に創設された「ギレアデ聖書学校」に始まり、一部のエリートしか入れない学校を作り、その学校を出た者にステータスを与え、年間百数十億円もの寄付を使いその生活を保障している。言葉を変えているだけでやっていることは同じ。
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明石順三①

明石順三と言えば、日本のものみの塔の前身、灯台社の代表としてその教えを日本で広め、また第2次世界大戦中に良心的兵役忌避で投獄されたことでも知られる。

戦後釈放されるもその後、棄教している。

日本のエホ証の歴史を語る上で明石順三は欠かすことはできないが、棄教しているのでエホ証刊行物にはほとんど言及がなく、「圧力を受けて背教した」くらいしか書かれていない。

その明石順三が棄教する前に、エホ証世界本部に送った質問状を見つけました。

一,少なくとも過去十年間,聖書真理の解明に進歩の跡を認め得ず。
二,現在に於ける所謂神権政府樹立と,その国民獲得運動の躍起主張は聖書的に一致せず。
三,所謂「神の国」証言運動の督励方針は要するにワッチタワー協会の会員の獲得運動たるに過
  ぎず。
四,総本部の指導方針は,忠良なるクリスチャンをして,聖書の明示する唯一標準を外れて安直な
  る自慰的位置に安住せしめつつあり。
五,その自ら意識すると否とにかかわらず,種々の対人的規約や規則の作製は,せっかく主イエ
  スによって真のクリスチャンに与えられたる自由を奪い,ワッチタワー総本部に対する盲従
  を彼らの上に強制するの結集を到来せしめつつあり。
六,総本部はワッチタワー信徒に対して,この世との非妥協を教示しつつあるにもかかわらず,
  総本部自身の行動はこの世に対する妥協の実証歴然たるものあり。
七,所謂「ギレアデ神学校」の建設は,聖書の示す所と絶対に背反逆行せり。

うーん、エホ証の非聖書的体質を見事に暴露している。すばらしい。

もちろん、これがエホ証印刷物に取り上げられるはずもなく、また本部からのまともな回答があるはずもなく、一方的に「背教者」としてのレッテルを貼られ明石氏が除名されたことは想像に難くない。

個々の質問についてのコメントはまた次回。

「世代」に触れないDVD

今年の地域大会で出版されたDVD「信仰によって歩む」。数年前の劇の実写版リメイク。

イエスの予言通り西暦66年にローマ軍がエルサレムを攻囲するも原因不明の撤退、イエスの言葉に従いエルサレムから逃げたクリスチャンたちが西暦70年にエルサレムが最終的に滅亡するまでの4年間に経験した葛藤や苦しい生活を描くストーリー。

疑いに負けてエルサレムに戻った人物の主張⇒「昔の預言者たちはバビロンの滅亡など数百年も前から予言したことがある。今回も『終わり』はまだ、数百年も先かもしれないじゃないの」

模範的な主人公の回答⇒「ローマ軍が攻めてくることで、イエスの予言は成就した。その予言を信じて行動すべき」の1点張り。説得力ない。

なぜか「これらすべてのことが起こるまで『この世代』は過ぎ去りません」のイエスの言葉に触れていない。この言葉を信じる前提なら予言の成就は数百年も先じゃない。実際にイエスの言葉から37年後、イエスの警告を直接聞いた弟子たちが死に絶えない内に、エルサレムは滅亡した。それとも、共観福音書はエルサレム滅亡後のユダヤ人信者共同体に書かれたもので、「世代」のくだりも史実に合わせた後付けで、その当時の信者は知らなかったというならある意味史実通りなのか。

エホ証統治体もかつては1914年の「世代」が死に絶えない内に、と宣伝していたが(1984年教材)、もう37年どころか100年が経過しようとしている。そこで1914年を撤回するどころか、1914年にイエスの再臨を認識した「世代」と、終末を目撃する「世代」の生涯が重なっていればダイジョウブ、というまさかの「2世代」宣言を強行した。

その矛盾を抱えているからこそ、「世代」に触れると分が悪いのは分かってるんでしょうね。

そもそも、ローマ軍がエルサレムを攻囲することにあたる「荒廃をもたらす嫌悪すべきものが聖なる所に立つ」というのも、かつては「国連(=嫌悪すべきもの)が世界平和を目的として設立される(=神の王国の地位を占めようとする)」という解釈を宣伝していたが、国連が設立されて数十年たってもサッパリ終末が来ないので、1999年教材では「『荒廃をもたらす嫌悪すべきもの』が聖なる場所に立つのは,これからであると思われます」と、しれっと書かれている。それ以来この解釈についての言及はほとんどない。

「これからであると思われます」・・?じゃあその攻囲後の数年間を描いたこのDVDはまだ先の話ですよね。そんなんでこのDVDを教訓として「疑イニ負ケルナ!」と言われてもグっとこないんですが。疑うも何も、現代に適用させようとする根拠がコロコロ変わるし、矛盾だらけなので。

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