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真理はどこに

「エホバの証人が真の宗教ではないのなら、どこに真理を見出せるのか」

この組織に固く付くよう教化されたエホバの証人が持ち出す質問。

真理はさまざまな所に見出されるし、これからも探究され続けてゆく、

というのが今のところ自分の至った結論。

エホバの証人が大嫌いな哲学っぽく聞こえるが、これは事実ではないかと。

例えば、広大な宇宙やその中の微小な惑星である地球もエホバの証人が言う「神の業」であるが、何千年の歴史を経てさえ、そのほとんどについて人間はまだ何も知らないといってよい。創造者である神がすべての情報を与えている訳でもない。「神が行われた業を、人間が始めから終わりまで決して見いだすことができないようにされた」という聖書の言葉の通り、人は真理を探究しながら生き、その短い人生を終えてきた。

それでもこれまで数多くの科学者が研究を続けることで、さまざまな学説が提唱されてきた。後になって間違いであることが明らかになるものもあれば、科学上の真理として立証されているものもある。

しかしもし、幾つかの「真理」を発見したある科学者の「後継者を自称する研究グループ」が自分たちはこれほど偉大な発見をしたのだから、他のすべての科学者は研究をやめ、これからは自分たちが発表する学説だけを真理として認めるように、と主張し、外部からの一切の批判を弾圧したらどうだろうか。

その科学者が発見した事実の内の幾つかは真理であることに変わりはないとしても、その「後継者を騙るグループ」は狭量で、独善的であるとして人からの敬意を失うのではないか。

宗教上の真理についても同じことが言える。自分はラッセルの聖書解釈のすべてを否定するつもりはありません。エホバの証人を通じてラッセルの聖書解釈を知り、幾らかの啓発や理解を得てきたし、その中にはこれが聖書の正しい理解なのではないかと思える点もあります。

でもその後継者を自称する現在のエホ証統治体の解釈の「すべて」を、そしてこれから発表される解釈の「すべて」を盲目的に真理であると認めて、人間の奴隷になるつもりもなくなった。同時に聖書をそこそこ学んで感じるのは、聖書は間違いなく偉大な書物であるが、創造者としての神が存在するとして、この1冊の書物だけでその神についてのすべての真理を知ることなど、到底不可能である、ということです。
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