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輸血について③

では最後に、「避けよ」という命令はどんな方法でも体内に取り入れてはならない、という意味か。

前回書いたように「血と絞め殺されたものを避けよ」という聖書の命令は、当時は食用の肉を血抜きせずに食べてはならならい、という意味でしかない。その点はWT教材も認めている。

彼らはこれを現代の輸血という医療行為にも適用する。その理屈は「避けよ」=「食べてはならない」→だからどんな方法であれ体内に取り入れてはならない、という過大解釈。

食べることと体内に取り入れることはどんな場合でも同じなのだろうか?

前回、輸血とは、血の滴る肉を食べる野蛮な行為とは異なり、命を救うための医療行為である、という点で臓器移植に似ていると書いた。事実エホ証は、臓器移植は容認に転じた。

では臓器移植において、「食べる」ことと「体内に取り入れる」ことは同義なのか?動物のレバーやホルモンのように人間の臓器をも食べることと、命を救うために臓器を移植することは、どちらも「体内に取り入れ」ているのだから、同じように野蛮な行為なんですかね。


「血を避けよ」という命令を文脈や聖書の教えを全く無視して、ただ「血を避けよ」という文句のみを利用してそれを輸血にも強引に適用しようとする統治体は、輸血という命を救うための医療行為を、人を殺してその血が滴る人肉を食べる、という野蛮な行為と同列に置いている。
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輸血について②

前回はスルーしたが、「血を避けよ」という命令が輸血という医療行為にも適用されるのか。

まず、聖書の中で血が命を表わすのものとして語られている最初の記述。

「あなたの兄弟の血がわたしに向かって叫んでいる」・・・これはアダムとエバの息子アベルが兄弟カインに殺されたときに神が語った言葉。

神がこう語ったのは、アベルが殺されたから。ただ怪我をして出血しただけならこうは言わなかったはず。

次の記述。大洪水後、動物を食用にすることが許されたが、そのときノアに語られた言葉。

「ただし、その血を伴う肉を食べてはならない」

これももちろん、動物を殺して、食用にすることについて書かれている。

さらに贖罪についても同じことが言える。

モーセの律法下での贖罪の儀式では、動物を殺して、その血を祭壇に振り掛けることが規定されている。

イエスの犠牲についても、もし血がどんな場合でも命を表わすのならイエスは死ぬ必要はなく、ただ自らの体を傷つけ、血を流せばよかった。しかし、イエスは死に至るまで血を流して初めて、その血は人類の罪を贖う価値を帯びるものとなった。

こうした聖書中の例からしても「血は命を表わす」というのは、人や動物を殺してその命を奪うことが関係している。

それで「血と、絞め殺されたものを避けよ」という聖書の命令は、動物を殺して食用とする際に、血が滴るままの肉を食べてはならない、という単純な意味でしかない。ノアの大洪水後、食用のために動物を殺生することは許されたが、その血を地面に注ぎ出すことで、命の源が神であると認め、命に敬意を払うことが条件だったからだ。

輸血という医療行為はこれとは全く異なる。人の命を奪うことなく、むしろ命を救うために、生きている人の血を輸液することだからである。これはむしろ臓器移植と同じ問題ではないだろうか。

輸血について①

エホバの証人が輸血を拒否する理由は簡単であると同時に、難しい。

簡単に言えば聖書が「血を避けよ」と書いているから。

ではなぜ聖書が血を避けるよう命じているかというと、キリスト教の根幹を成す「贖罪」の概念と関わりがあり、説明は難しい。いずれにしても、彼らはその「血を避けよ」という文句を取り出して、その命令は輸血という医療行為にも適用されると解釈する。

この輸血禁止の解釈についても、エホバの証人は場当たり的な解釈の変更を繰り返してきた。

近年は、輸血といっても、血液中の必要な成分だけを使用する「成分(部分?)輸血」というものもあるらしい。さて、その成分輸血についてのエホバの証人の統治体の現在の解釈はこう。

「血液成分の内、血漿・白血球・赤血球・血小板の4つを主要成分とし、この4つの成分の輸血は全面的に禁止するが、それよりも細かく分離された血液由来の成分は個人の判断で受け入れてもよい」

その理由は、「血液の成分が分離されてゆくある時点で、その成分はもはや血を表わさなくなっていると考える人もいるから」だそうだ。

うん?すぐに浮かぶ疑問が2つ。

どの時点で「主要成分」ではなくなり、血を表わさなくなるかの聖書的根拠は?それって統治体のさじ加減一つでは?

もう1つ。聖書は動物を屠った後の血は贖罪の儀式以外には使用してはならず、動物を食用とする場合でも血はすべて地面に注ぎ出さねばならない、と教えている。これを現代の輸血という医療行為にも適用するなら、どんなに細かく分離しようが、血液からしか取り出すことができず、医療行為という明確な目的のために血液から意図的に取り出された成分は受け入れちゃダメなんじゃないの??しかも、体外に出た血を地面に注ぎ出さずに献血した人の血液からですよ?あなたたち献血はするんですか?

統治体の答えは「それはその人個人の良心であり、他の人に押し付けてはならない」

じゃあ、「血を避けよ」という聖書の命令が現代の輸血という医療行為に適用されるかどうかも個人の判断にすればいいじゃねーか!

結局、エホバの証人が聖書の教えではなく、人間の奴隷になっている例の一つ。

エホバの証人として伝道することには、エホバ様を愛しましょう、だけでなく、こうした命に関わる問題においても、統治体のさじ加減一つの解釈を、命を懸けてでも家族から縁を切られてでも真理だと認めるよう勧めることも含まれる。

1914年⑥

このシリーズで1914年の根拠がいかに荒唐無稽であるかを書いたが、近頃はもはや組織もうやむやにしてしまおうという思惑も見え隠れするこの「1914年」、エホバの証人の教義においてどれほど重要か。

エホバの証人がよく繰り返す主張。

「神はどの時代も一つの『組織』を用いてご自分の僕を導いてきた。現代においてその『組織』とはエホバの証人であり、もしそうでないのならどの『組織』が神に是認される唯一の『組織』なのか」

この「組織」が偽りなら他のどの「組織」が神に是認される唯一の宗教なのか・・
エホバの証人を縛り続ける永久に解決されない疑問。

では、神が「どの時代も」「一つの組織」を用いてきた、というのは果たして真実か。

再びエホバの証人に聞いてみましょう。

「1914年以前、さらにはラッセルがものみの塔協会を設立する前、真のクリスチャンは何という名前の団体に所属すべきだったのですか。何という団体が神に是認される唯一の宗教組織だったのですか」

エホバの証人の答えはない。そんな組織は存在しないからである。

イエスの小麦と雑草の例えが示すように、エホバの証人もどの時代にも小麦のような真のクリスチャンは存在し続けてきたという点は認めているが、ものみの塔協会が設立される以前から、その真のクリスチャンたちは現在のエホバの証人の主張する聖書解釈を唯一絶対と認め、それを「組織」として伝えていたのか。

答えはやはり否、である。

「今日、神が是認する一つの宗教組織が存在するはずだ」、というエホバの証人の主張は、1914年に、間違いなくその年にイエスが再臨し、マタイ24章の「忠実で思慮深い奴隷」を任命(=神が是認する唯一の宗教を再興したと解釈)した、という教義の上に成り立っている。

だからエホ証はいつもこう主張する。

「自分たちの組織も完全ではなく、間違いもある。ではこの組織よりも聖書に忠実で、熱心に伝道している『組織』はどこにあるのか」

しかし1914年にイエスが再臨していなければ、現在、神が是認するただ一つの宗教的な「組織」が存在するはずだ、という主張そのものが根底から崩れ去る。

さらにエホバの証人はマラキ、ダニエル、啓示の書などに含まれる多数の予言を1914年と、その時の聖書研究者たちに生じた出来事に強引にこじつけて説明してきた。今までのようにただの解釈の変更では済まされない。

1914年⑤

3番目の要素については・・これはもうさすがにどうでもよくなってきた。

ダニエル4章の「7つの時」がどれほどの長さかなんて、その木が神の支配権を表わすとかなんちゃらの時点でもう話があまりにも飛躍しているのでね・・

でも一応説明すると、ダニエル書や大きな木の予言とは文脈のつながりも関係も一切ない啓示の書の全く別の予言の中に、3時(とき)半が1260日であると解釈できそうな部分がある。

だから3時半を2倍して7つの時は2520日、そして聖書の予言では1日は1年を表わすことがあるという再び超いいかげんな説明でこれは2520年である、と主張。その理由は「BC607年から文字通り2520日(約7年)経った時には何も目立ったことは起きていないから☆」とのこと。



・・まあ、結論から言いますと、こんな風に好き勝手に聖書のいろんな所をいぢくり回せばいくらでも数字なんてはじき出せる訳で、実際に19世紀は聖書のいろんな訳が出回るようになってちょっとした年代計算ブームみたいなことがあって1843年だの1874年だの言う人もおり、1914年にはハルマゲドンも来ないし誰も天に召されないし、はっきり言って予言は外れたのだが、たまたま第一次世界大戦という「目立ったこと」が起きてしまったがゆえにラッセルの追随者が鼻息荒く勢いづいてしまっただけのようです。

この1914年、さすがに指導部も怪しくなってきたのか、1980年代に日本でも使われた、エゴ丸出しの題名が付けられたエホ証育成教材「あなたも地上の楽園で永遠に生きられます!」ではかなり重点的に説明されていたのに、最新の教材では付録。しかも流し読みしてほしいといわんばかりの、既成事実化しているだけのいい加減な説明。

最近の研究生には1914年の理由を知らず、まして説明できない人もザラにいる。

大会や最近のものみの塔でも根本的な根拠に触れずにただ「終わりは近い!」と繰り返すだけ。

もはや完全に破たんしようとしているこの「1914年」、どうなっていくんでしょうね~。

1914年④

続けて2番目の要素。エルサレム滅亡はBC607年か?

これはもう散々いろんな所で叩かれまくっているが、一般の歴史ではBC586年とされている。ではなぜエホ証はBC607年を主張するのか。

ペルシャ王キュロスがバビロンを滅ぼしユダヤ人を含む異国人の捕虜を解放したのが歴史ではBC539年とされている。そしてユダヤ人がエルサレムに帰還し、自分たちの宗教を再興したのがBC537年と推測する。

そして聖書にはユダヤ人がバビロンで捕囚となる期間が70年とある。それでBC537年から70年を逆算してエルサレムの滅びがBC607年であると主張。

さて、これは歴史と食い違う。エホ証の主張は単純にこう。

「何千年も前の一般の歴史は間違っていることもあり、聖書が70年って言ってるんだからそれを信じるべき」

確かにこう主張されるとどちらを信じるかの水かけ論になってしまい、議論のしようがない。エホ証を攻撃する人はエルサレム滅亡がBC586年であることを示す史料を山という程持ち出すが、エホ証には完全に平行線。「聖書を信じます」の一言。

じゃあそのエホ証に聞いてみましょう。

「キュロスがバビロン滅ぼしたのがBC539年って信じているのはどうして??」

こっちだって西暦での年号までは聖書に書いてあるはずがない。聖書には「キュロス王の第一年」とあるだけ。これをBC539年とする理由として、エホ証の教材にはこうある。

「ペルシャ人キュロスによるバビロン転覆の年として様々な史料により支持されている539年という年です」

ばっちり一般の歴史を信じちゃってるじゃん?一昔まではこの年を「絶対日付」とまで称し、アダムの創造をBC4026年とするなど聖書中のあらゆる出来事をこの年を起点に計算している。

その一方で、エルサレム滅亡もBC586年であると「様々な史料により支持されている」ことを認めた、おそらく唯一の記事が1981年発行の教材(ここでも付録扱い)にあるが、「古代近東の年代学の複雑さを考えれば」「それが間違っていることを否定できる歴史家はいない」とある。

だったら、なんで同じ古代近東の歴史であるはずのBC539年は「絶対に」信頼できるんだよ!

1914年に都合のいい方は歴史を信じ、悪い方は「歴史は信用ならん」「聖書を信じろ」のゴリ押し。

一般の歴史がそれほど信用ならないと言うなら、聖書そのものに書かれていない年号については断定的な解釈しないでくださいね。そんな都合のいい解釈に人生賭けれませんよ?

結局エホ証は聖書を信じていると思い込まされつつ、人間の解釈を信じている例。

1914年③

そもそも1914年という年はどこから来たのか。ものすごく簡単に説明すると、

1.ダニエル4章の「大きな木」が倒れる→エルサレムの滅亡を表わすと解釈。

2.そのエルサレム滅亡は西暦前607年であると主張。

3.その木にたががかけられたまま過ぎゆく「7つの時」とは2520年であると解釈。

この3つを組み合わせて西暦前607年から2520年を数えると西暦1914年になる。

さてこの3つの要素・・・・

どれも激しく無理がある。

まず1。

この「大きな木」は預言者ダニエルその人がバビロンの王ネブカドネザルを表わすと述べている。その説明通り、ネブryは王としての権勢を極めるや傲慢になり、神により自我消失、王位を追われるがその後自我を取り戻し王位に復帰、神のみ前にへりくだるという教訓的なお話。聖書を何回どう読もうがそういうお話。

エホ証はこれを過大解釈し、この話にはもっと大きな意味があり、この木が切り倒されたことは神の支配を地上で代表していたユダ王国の首都エルサレムの滅亡を表わすと主張。

そんなことは聖書のどこにも一言も書いていない。エホ証教義の最新の教材では、この1914年、もはや付録に追いやられているが、その説明では、

「聖書では、木は支配権を表わすために用いられることがあります。ですから、この象徴的な木が切り倒されることはエルサレムの王たちによって代表されていた神の支配権が中断することを意味しています」

「ことがある」からって・・説明それだけかい・・話が飛躍しすぎてツッコむ勢いも萎える。

確かに、ダニエル書には後代の「終わりの時」に関する予言が含まれているのは事実だが、だからと言ってこの話にももっと大きな意味があるはずだ、というのは推測の域を出ない話。

1914年②

では大半の信者はこうした度重なる解釈の変更をどう受け止めているのか。

ある真面目証人のブログに「終わりがいつ来るかなんて関係ない。だって終わりを生き残りたいからじゃなくてエホバを愛しているからその方に仕えているんだもん☆」的な可愛げのあるコメントがあった。

これが多くのエホバの証人がそう考えるよう教化されている代表的な見方のようです。

ただ本人がそう思って頑張るのは勝手だが、人に宣伝するとなると話は別。エホバの証人統治体は解釈変更の度に終末を煽るだけではなく、大学行くなだの、仕事はパートにして月70時間布教しろだの、なるべく子供は作るなだの、他人の人生プランにも容赦なく首をつっこみ、組織に従順=神に従順である、と主張する。

エホバの証人として洗礼を受けるとき、何千人もの信者が集まる大会で洗礼希望者に問われる2つの質問。1つ目は一般的なキリスト教とさほど変わらないが、曲者なのが2つ目。

「あなたは神の霊によって導かれるエホバの証人の一員になることを理解していますか」
・・つまり「エホ証だけが神が認める唯一の宗教と認めてんのかコラ」ということである。

エホバの証人になるにはイエスを救い主として認めるよりコッチの方がはるかに重要だったりする。

なのでエホバの証人として布教するには、「父と子と聖霊の名においてバプテスマを施しなさい」という聖書の言葉以上のことが要求される。前述の、聖書にはどこにも書いていない2つ目の質問が示すように、これに「組織の名において」が付け足される。人の迷惑顧みず戸口を叩いて回り、どんなに反対されようが家族から縁切られようがいつまた変更されるかも分からない統治体の解釈に従って人生設計するよう勧めることをも意味する。自分が「エホバ様に仕えたい☆」と宗教活動するのは勝手だが、人の人生やその人の家族の将来や幸福にまで責任を負えるのか。

信じる自由と勧めて回る自由、どっちの自由もあるが、後者には別次元の責任が伴うのでは。

1914年①

エホバの証人の聖書解釈の度重なる変更を語る際に欠かせないのが「1914年」です。

1914年、という年については100年以上ブレていないが、その年またそれ以降何が起こるかについては紆余曲折が続いてきた。現在の解釈をまとめてみるとこんな感じか。

1914年:この年にイエス・キリストが天の王国の王となり、サタンと悪霊が天から地球付近に投げ落とされた。それ以後、この世は終わりの時に入り、1914年にキリストの臨在を認識し始めた「油そそがれたクリスチャンの世代」が地上での生涯を終えて天に召される前にハルマゲドンが来て天使が人類を大虐殺、エホバの証人だけが地上の楽園で永遠に生きる。めでたし、めでたし。

ここに至るまでには度重なる解釈の変更がある。

1914年:ものみの塔初代会長C・T・ラッセルはこの年に自分と仲間は天に取り去られ、世界は第一次世界大戦から無政府状態→ハルマゲドンに突入すると考える。ラッセルは天に召されず失意の中?2年後の1916年伝道旅行中の列車内で病死。

1943年?:この辺で3代目会長N・H・ノアは第二次世界大戦が終わりに至るだろうと側近に語る。

1975年:聖書には「○○が何歳で○○の父になった」という系図がある。これを計算していくと最初の人間アダムが創造された年が西暦前4026年になるらしい。なぜかその6000年後(キリがいいから?)にあたる1975年にキリストの千年王国が始まるとの期待が広まる。終末を煽る熱狂的な話が大会やものみの塔の紙面で繰り返され、仕事をやめる、家を売るなどの信者が続出。

1995年:「これらすべてのことが起こるまでこの世代は過ぎ去らない」というイエスの言葉を「1914年に生きていた人の中にはこの世の終わりを目撃する人もいる(1984年教材)」と解釈していたが、この年に解釈が変更され、「世代」とは「イエスの臨在のしるし(戦争やら地震やら)を見ながらもそれを認めない邪悪な人々」であり、人の平均的な寿命から類推できる長さではないとされる。

2008年:「世代」の解釈が再び変更。「邪悪な人々」ではなく「油そそがれたクリスチャンの集合体」になる。

2010年:古参の統治体成員が次々に死んでゆき、さすがにもう「1914年世代」のクリスチャンはいないんじゃね?と思われる中で、この年に「世代」の解釈がさらに変更。その「世代」は1914年にキリストの臨在を認識し始めた油そそがれたクリスチャンと、この世の滅亡を目撃する油そそがれたクリスチャンという2つのグループから成っていて、その2つのグループに属する一部の人たちの生涯が少しでも重なっていればよい、とされた。実質もう一世代伸びた?

このブログの目的②

前回書いたように、個々のエホバの証人は、「統治体」の言うことを鵜呑みにして、自分で考えないように訓練されています。それが「エホバ(つまり統治体)」への従順であるとキツーく言いくるめられている。

聖書には「指導の任にあたる人に従順でありなさい」という言葉もあれば、1世紀のクリスチャンの間でモメ事があったときに使徒や年長者たちが介入した、という記録もある。現代でも、世界中のクリスチャンが集まり合ったり、伝道したりするには、聖書に書かれていない「決め事」がある程度は必要と思います。

そうした決め事は仲間の信者に負担を加えないよう必要最低限のものであるはずが、エホバの証人の統治体は1世紀のパリサイ人のごとく、組織の統制・拡大のために聖書で要求されている以上の細かな義務や規則を会衆や個人に負わせ、自分たちは「指一つ」動かそうとしない。「エホバのみ名」と言いつつ、結局は組織を拡大することで、自分たちの解釈と権威を正当化することが最重要なのです。彼ら自身がエホバなのです。

さらに預言者のごとく、聖書の教理や預言の解釈にまで手を出し、その時点での解釈を絶対視することを要求するが、時の経過や世界情勢の変化と共に、自分たちの解釈に矛盾点が生じると、「新たな光」という都合のいい言葉で、あっさり解釈を変えます。

そして「これが楽園に入る唯一の道」と思い込まされている忠実な信者は、今日も人の迷惑を顧みず戸口を叩いて回り、自分だけでなく他人の人生も誤導しているのです。また、(そんなに)悪人ではないはずの長老も、組織が要求している義務・活動を十分に実行していない信者を、社会常識とはかけ離れた「牧羊」をして苦しめています。その結果、組織や会衆からどう評価されるかを気に病むあまりうつ病になる信者が増えています。

このブログには特にこれといった目的もありませんが、エホバの証人の独善的で、矛盾を孕んだ教理が、真面目な信者たちをどのようにおかしな人間に作り変え、苦しめているかについて自分なりの考察を書く予定です。
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