対処しにくいJW③

前回の続きです。

その外科医の方によれば、選択肢は2つしかありません。


① 輸血することを明確に説明して患者の自己決定権を尊重し、患者が拒否した場合は治療を断る

② 患者の意思に従い無輸血下手術を行う



この医師が勧めるのは、①です。

やはり、誠実に①の対応を実行することだと思います。治療説明を行った上で、判断は患者さんに任せるのです。輸血同意書の提出がない場合には、治療ができないことをはっきりと伝えるべきでしょう。これだけでほとんどのトラブルは回避できます。

中途半端な対応を探ると、輸血同意書がなくても治療可能な医師と認識されて情報が共有される傾向にあります。そうなると普通の医師以上のリスクを抱え込むきっかけとなります。


はい。彼らは勝手に他人の情報を回します。

「対処しにくいJW患者」をどう扱うかは、それぞれの医師や病院側も「自己決定」する事柄ですが、「他の病院で断られてかわいそうだから」「簡単な手術だから」と安易に受けてしまうと、ただでさえリスクやストレスを抱える医療現場に、さらにやっかいな問題を持ち込むことになりかねない、との指摘はその通りです。

彼らは信教の自由をかざしながら「輸血にはリスクが~」と、も塔に洗脳されただけの浅く偏った知識で話をすり替えます。問題は、この医者が言っているように、不測の事態が生じたときに救命行為としての輸血ができないリスクです。臓器移植と同じで輸血にも相応のリスクがあることなどJWに教えてもらうまでもないことで、必要もないのにしてほしい人はいません。


どんどん断っちゃってください。

相手にしてくれる病院がなくなっても、善意で救命しようとしてくれたサタンの世を呪いながら、無責任組織の解釈と心中して自殺行為を選ぶのが、「対処しにくい狂信者」たちの本望ですから。
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対処しにくいJW②

彼ら曰く「サタンが黒幕として操る諸政府」が善意で保障してくれている信教の自由をここまで悪用して、周囲に不和やストレスをバラまく宗教も珍しい、対処しにくいJW・・

彼らが周囲に与える「対処しにくいストレス」の中でも、もっともやっかいなのが、命がダイレクトに関わる輸血拒否解釈でしょう。

その「対処しにくさ」を綴る整形外科医さんのブログがありました。


短絡的に「エホバの証人を信仰する患者さん=輸血をしなければよい」とはいきません。

相手に負わせるリスクなど関係なく、こっちが輸血なしでって言ってるんだから、輸血なしで手術すればいいでしょ?と、短絡的に自己都合しか考えないのが「対処しにくい」JWです。


絶対に輸血できないということは、治療の選択肢を著しく狭めるからです。輸血する可能性が極めて低い手術であっても安心はできません。医療においては何が起きるか分からないので、常に退路を確保する必要があります。

これが人の命を扱う医師が抱えるリスクです。このブログでも書きましたが、人のすることに絶対=100%はありえず、簡単な手術であればある程、また医療が進歩して無輸血で施術できる可能性が高ければ高い程、仮にその可能性が99.9%とすれば、不測の事態が生じた場合にその確率がそのまま裏返って病院側の手落ちとされかねません。

何があろうが訴えない、とまで誓約しても、目の前で救命できなかった医師の良心は痛み、キャリアが傷つくことさえあるでしょう。万一の時に回避する退路がないのは相当のリスクです。


エホバの証人に関する裁判で、医療側を委縮させる原因となったのは、最高裁の判決です。(中略)この事件で、手術が成功したにも関わらず、その説明(無輸血施術に同意するが、万一の救命には輸血で対処する)を怠った医師は患者の人格権侵害について不法行為があるとされました。

別のカルト宗教事件で狙撃された方は、成人血液量の2倍を輸血されて一命をとりとめ、今もご健在のようです。救命した医師は感謝されるのに、この宗教の信者には訴えられてしまいます。


まさに「対処しにくい」宗教ですね。

血液の闇

旬はとっくに過ぎた感はありますが、宗教書の箸休めに「血液の闇」を読んでみた。

輸血に限れば大筋でWTの主張と変わらない。

輸血が必要と判断されるヘモグロビン値の基準はあてにならない
輸血ではなく輸液でまかなえる
輸血はリスクいっぱい

このあたりは聖書とは関係ないお話なので、専門家にお任せするしかないですね。
この人も専門家らしいので、この人を信用したいならすればいいんじゃないでしょうか。

面白いのは、医療全般に対してはWTよりも過激な主張が含まれている点です。

輸血利権はロックフェラーを中心とする闇の勢力に牛耳られている
緊急時でも輸血より海水療法が効果的・・カントンプラズマ(海水由来血漿)?とか

ボランティアじゃないし、医療にそれなりの利権が絡んでるのはあたり前と思いますが。
リスクがある臓器移植と同じで、できるだけ輸血しないのにこしたことはない。

WTが問題視されるのは絶対的輸血拒否を「信者の地位」の条件にしているからです。年端もいかない子どもにまで「輸血という救命行為はエホバ様が憎まれる」と教え込むよう指導している。

この人も現行の西洋医学で行われている99%の輸血は不要と主張しているが、それを額面通りに受け取るとしても、残りの1%の状況でどうすべきかを明言していない。

その1%の事例として、一昔前はほどんどが死産に終わっていた産婦人科疾患の胎盤剥離を挙げている。現段階では私にもこの分野だけは結論が出ない、と言っているが、その少し後では交通事故でも同じ状況(輸液では追いつかない急速な大量出血)があり得ないとは言えない、と書いている(あれ)。

自分の妻が今そのような状況になったら無輸血で他の処置を可能な限りやってもらうことを選択するだろうが、その判断が正しいかは分からない、と正直に言葉を濁している。WT信者の輸血拒否が問題になるのは、まさにそういう状況での、絶対的輸血拒否なんですけどね。

それはこの人自身が使っているたとえが説明している。砂漠で脱水症状を起こし、命が危険な状態になるが手元には体に悪い?コーラしかない。水分補給に適しているのは水やスポーツ飲料だがそんなものはない。じゃあ体に悪いからとコーラを拒否して死ぬ人がいるのかな。

安易な輸血はやめよう、相対的にリスクの低い代替療法を促進しよう、という主張なら結構だと思いますが、絶対的輸血拒否信条は、体に悪いとか、リスクがどうのとは別次元かと。

ま、こういう本を書けば、も塔関係者にはそこそこ売れたでしょう。

カントン療法は医療利権に潰された!というなら、金満WT協会(最近は財政難らしい)とタッグを組んで自前の病院を作って失血死寸前の患者に海水でもポカリスエットでも注入してみたらいいのにね。まず認可が出ないと思いますが、それも闇の勢力がクリーンな医療を潰そうとする陰謀なのかな。

この本に専門的に反論する知識も暇もないが、真偽はともかく、鵜呑みの塔信者には利権まみれ(笑)の病院で治療を受ける時には「血のブロシュアー」よりも、この本で「証し」してほしい。

「西洋医学は闇の勢力を牛耳るロックフェラーの利権温床で、赤十字は人口削減機関、輸血は医療報酬目当ての最たる悪事ですよ?死んでもいいからやめてくださいね?」

それが事実かどうかに全く興味はないが、医療界での立場がさらに悪くなるのは間違いない。

続・輸血

輸血問題でJWに見られる傾向は、輸血のリスクと無輸血医療のメリットをやたらと強調することです。それは論点をずらしている、と思います。

当初、JWは「健やかにお過ごしください」というヤコブの言葉に「健康にいい」との意味合いがあるかのように適用していましたが、今ではその言葉は「さようなら」の慣用句でしかない、と認めるに至りました。実際、神が血を避けよ、と命じている理由が「体=健康に悪いから」というなら、命を賭してまでそれを拒否する聖書的な理由が見当たりません。

ノアの時代に「血を伴う肉を食べてはならない」との命令は、血によって表される命を神聖なものとし、食べるために殺す命=血は地面に注ぎ出す、という掟と理解しています。もちろん生きたままの動物の肉や血を殺さずに食すことなど、言うまでもなくさらに残酷でしょう。ヤコブの言及も同様に、血(を伴う肉)を避けよ=食べてはならない、ということです。

つまり「食べるか食べないか」だけの話で、命を左右する類のものではありません。聖書が明確に特定している「殺して食べる」行為と、聖書に何も書かれていない医療としての「生きたままの移植」行為をごっちゃにしていいのでしょうか。臓器移植もNGになってしまいますね。事実、JWはそう解釈していましたが、今では“調整”されて臓器移植は個人の判断になっています。

個人レベルで安易な輸血はしたくない、というなら別の話ですが、問題は不測の緊急事態が生じた時に救命措置として行う輸血をも全信者に禁じている、ということです。リスクなど承知の上で、命を救うための一種の移植行為として行ないます。献血者の命を奪う事もありません。臓器移植も輸血も術後のリスクがあるのは当然で、必要もないのにしてほしい人もいないと思います。

「血(を伴う肉)を食べるな」という文言が、救命措置として行なう輸血という医療行為を神が禁じているという人間の解釈に強制力を持たせ、神聖な命を失わせてもよいのでしょうか。

「輸血のリスク VS 無輸血のメリット」

「輸血拒否で死んだ人数 VS 無輸血医療で恩恵を受けた人数」

「安全な血液確保のためのスクリーニング手法の進歩 VS 無輸血医療の進歩」


という勝負ではないと思います。

無輸血医療が進歩するのは普通にいいことです。でも過去において現場の医師が、自分の知る範囲で他に手段がない、その時、目の前の命を救いたい、とやむなく行う緊急措置としての移植行為までを神が本当に禁じていたという根拠を、医学ではなく純粋に聖書そのものから示していないように思います。JW解釈の正しさは、医学上のリスクの有無に依存しているのですか。

純粋に聖書だけを読んで、神が本当に禁じていると思うならそうしてください。禁じられた木の実は毒だったんですか。その成分と体に与える影響を医学的に調査して「理に適った禁止命令だ」とでも言いたいんですか。一方で分画なら個人の判断でいいよ、なんて偽善的な指導はもうやめましょう。木の実を丸ごとかじらずに、ジューサーにかけて果肉を除けば飲んでもよかったんですか。

臓器移植解禁の時に一緒にやっちゃえばよかったのに、今さら後には引けないので、部分輸血を徐々に解禁しながら少しでも一般ウケしようと論点をずらしているだけです。ヤコブが割礼問題のおまけで語った「避けよ」の1点張りがもう限界なのを、指導部も薄々分かっているように思います。


過去、無輸血手術を同意しながら緊急時には輸血する方針を立てていて、それを実行した病院側が敗訴していますが、それは仕方ないと思います。はっきりと、命に関わる緊急時には輸血します、と言ってイヤだというなら他を探してもらうしかないでしょう。病院側の良識やリスクはお構いなしに自分の権利ばかりを主張するJWに辟易して受け入れを断る病院も増えていると聞きます。

日本支部が近々、手術時に病院側から署名を求めるよう信者に指導していた書類の一部を廃止する話が拡散されていますが、そんな背景も理由なんでしょう。さじ加減一つの微調整で段階的緩和なんて神権的戦術はやめて、組織のメンツよりも人の命が神聖だと思うなら、さっさと全面撤廃、すべては個人の判断と自己責任にした方がいいんじゃないかと・・

輸血拒否のニュース

こんなテンプレ丸出しのブログですが、昨日のアクセス数が飛躍的に増えていました。

原因はこれですね⇒『「エホバの証人」信者の家族が輸血拒否・死亡・・青森県立病院』

ここには「エホバの証人」「ブログ」で来る方が多いようなので、エホ証関係者がどう反応しているか、大勢の人がネットを駆け巡っていたようです。

輸血についてはシリーズで書いたのでもう特に書くこともないのですが、今回ケースのように、病院側が一番恐れているのは不測の緊急事態が生じた時だと思います。

「手術中に出血が止まらなくなり、病院側が説得したが、息子は応じなかった。手術は打ち切られ、女性は同日夜、死亡した」

手術中に出血が止まらなくなった原因は分かりませんが、あくまで一般的なケースとして、大抵の手術に100%はなく、不測の事態が生じる可能性はゼロではないと思います。もちろん今回のケースがそうだという訳ではないが、人間がする以上、人為的なミスでその事態が生じることもあるでしょう。

不測の緊急事態が生じた時でも救命措置としての輸血さえできない・・これが病院側がエホ証をイヤがる大きな理由の一つだと思います。

エホ証発行のDVDでは「最近の医療技術はこんなに進歩してるんですよ♪こんな手術も輸血なしでできるんですよ♪」と嬉々として、相変わらずの成功例だけを取り上げます。

では医療や医師の技術が進歩して輸血なしで成功する確率が上がれば、手術しやすくなるのでしょうか。そこを自分のことしか考えていないエホ証は大きく勘違いしていると思います。仮に輸血なしで成功する確率が99.9%になったとしても、不測の事態が生じる確率はゼロではなく、それが生じた時、その同じ確率でもって病院側の責任とみなされることにもなりかねません。どんな場合でも病院には責任を問わないと誓約しても、救命できなかった医師の良心は痛み、医師としてのキャリアが傷つくことさえあるでしょう。

エホ証はいつも自分たちが第一のわがまま宗教です。「信教の自由は保障されるべき」「患者の意思が尊重されるべき」・・それ自体は間違ってはいないが、エホ証は自分たちに都合のいい所だけ正論を振りかざします。毎度おなじみの成功例だけでなく、今回の件もきっちりと真摯に受け止め、病院や医師が背負うことになるリスクやプレッシャーについてもっと考える姿勢を見せるべきだと思います。

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