批判しない

もう一つは、長老たちは 「批判しない」 という書き方です。

例えば、JW信者が輸血を受け入れたとき、長老たちは当然、その決定を批判はしません。医療上の個人決定は指図なんかしてませんよ、という表向きの偽善スタンスがあるからです。しかし、その決定により、当人から断絶した、と容赦なくみなす訳です。

当局には、輸血した人に排斥措置を取ることはしていませんよ、という二枚舌を使います。当人から断絶したと見なすだけで、組織上のルールとしては排斥措置とは違うので☆と言い張れるからです。

だから 「批判はしません」 という文言の背後には冷酷な意図が隠されていることがある。


あなたにはそうする権利があります

そして長老たちは批判はしません


ということで、実はこれ、組織に洗脳された信者には 「どう扱われるか分かったもんじゃない」 という恐怖を植え付ける呪文なのです。JWの個々の信者には輸血という医療行為を選択する権利があります。そして長老はその決定を批判しません、と言ってるのと何も変わりません。

その傍ら、組織からの隔絶は絶対神の憤り、そして永遠の切断と同値である、と刷り込む。

さらに対外的には、「隠蔽指示なんかもうしてませんから♪」 と主張できる言質になる。


さすがにこの組織を牛耳っている者たちは、恐怖による支配には長けている。

そしてただのバカでもない。


彼らは、指示してるだろ!と当局に指摘されかねない文言は使わずに、国語のお勉強的にはどうってことのない数々の単語を恐怖の呪文を変え、信者の潜在意識と行動を狡猾にコントロールしている。


その呪文の効果も薄れ、思考の金縛りから醒める信者も続出しているようですが。
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権利がある

すでに半年前に晒されているも協会の最新のお手紙ですが・・

https://drive.google.com/file/d/0B2fYNzAbUpqFNlV3QUU0OUpaRjA/view

これも中野っちさんがとっくにまとめてくれていますが・・


4年近く前に書いた自分の記事はこちら↓です。

http://bbreader1999.blog.fc2.com/category17-1.html

「児童虐待の訴えを警察や他の機関に報告すべきではないと示唆することは誰に対しても決してしてはなりません。もし尋ねられたら、問題を当局に報告するかどうかは個人的な決定であることを明確にしてください」

尋ねられた場合にのみ、警察への通報は個人的決定だからねと伝えるようにとの指示です。


そんなことで法人格宗教団体の指導者として道義的責任を果たしたとでも言い張るつもりか、との当然のツッコミを受けてか、最新の指示では↓のように変更されています。

「その件を当局に通報する権利があることをはっきり伝えてください。通報しても、長老たちは批判しません」

尋ねられなくても伝えてね、にはなりましたが、その言い方です。


権利がある・・・・別にどうってことのない普通の言葉なんですが、この狡猾二枚舌組織が使うと、どこか釈然としない(笑)やらしい言い方ですね。なぜか。


この組織の洗脳教育では、権利があるって、ものすごく否定的に教えられるんですよね。

彼らがわがままに権利を主張セヨ!と指示するのは対外的に、家族でも社会でも周りに迷惑がかかろうが「部族神エホバ様に憎まれる」ことは絶対しない、そして戸別布教では、逆にいくら他人に迷惑をかけてもおかまいなしにやるときなどの、宗教の権利ですが何か?の場合だけです。


組織内部では、個人の権利を主張することにはおそろしくネガティブな印象を植え付ける。

わたしたちは感情を害されるとき,それを大問題にするでしょうか。聖書はクリスチャンに,裁くのをやめ,人を許し,個人的な権利を主張しないよう訓戒しています。

自分個人の権利を進んで譲り渡して他者に思いやりや温和さを示す態度が関係している。

忠節なクリスチャンは,他の人の良心を傷つけてまで,あるいは会衆の一致を犠牲にしてまで自分の個人的な権利に固執しようとは思わないでしょう。



はい、そういうことです。説明はいりませんね。

法の限界

自分は直接見知ったJWの過去の犯罪行為を、1年前、実名で警視庁に通報しました。

ブログには具体的に書けません。被害者の洗脳が解けておらず、当人や家族の組織内での居場所を考えて公になることを望んでいないため、被害届けを出していない。

せめて犯罪者側の情報提供ができないかと警視庁に通報しましたが、予想通り、最近話題の親告罪なので第三者の内部告発だけでは動けない、と言われました。ただその種の犯罪は警察も取り締まりを強化している、関連が疑われる別件での被害届けがあれば有力な捜査情報にはしたいと言われたので、その犯罪についての記録、またものみの塔協会がその事実を把握しながら密室の独自委員会で「扱う」よう指示するだけで社会的には何もせず、指導もせず、さらなる被害者を生み出した事実についての記録が保管されているであろう場所も教えました。

もしかしたら任意の事情聴取くらいはあったかもしれません。

これが現行の法制度の限界です。

捜査令状にも同意するな、なので当然、任意の参考人聴取など軽く拒否できる。宗教つよい。

いずれ様々なケースで捜査令状が取られることも想定しての「最新の指示」でしょう。

この手紙を読んでいるであろうJW長老のみなさん、本当にエホバの至上の権威に従うならどうすべきかを考えてください。人間よりも神に従う?・・その「人間」には神名と宗教権威を私物化して、このような厚顔無恥な手紙を書く人間も含まれる、ということも。

霊的パラダイスの実情とは、性犯罪者の隠匿パラダイス。

子どもや家族の幸福のためのアドバイスを~と、無味無臭の偽善カモフラージュで「地域社会に貢献してますよ?」と、何も知らせない奴隷信者に言って回らせる腐れ切った宗教権威。

本当に子どもを守るというなら、組織内で起きた過去の性犯罪の被害者に、プライベートは守る、全面的にサポートすることを確約して、警察に被害届けを出すよう指導せよ。信者である性犯罪者には審理委員会での密室告白だけでなく、自首するよう諭せ。「それはどちらも個人の決定、組織は社会的制裁には関知しない」 と突き放す偽善的指導はやめ、そのような方針を取ってきた、変えようとしなかった指導部はその事実を公に認めて謝罪と共に引責辞任せよ。

する訳ないか。そんな法的責任はないし、守秘義務という聖域もある。刑事責任は問えない。

その代わり、道義的責任を民事で訴えられて裁判まみれになればいいよ。

もうなってるのか。

しかし、も協会を訴える代償として、本来はそのプライベートが絶対に守られるべき被害者が、自らの顔と受けた恥辱を世界に晒すことになる。この組織で守られるのは犯罪者の顔と組織の評判。

虐待の事実は否定できなくなっても、も協会に賠償責任はないと抗弁するのに必死。

教会とはすなわち教会員である、とのバルトの言葉を引用して他宗派の不祥事を声高に非難した団体が、身内の信者が犯した罪を背負えないなら「組織」を名乗るのをやめ、法人格も返上せよ。宗教法人を監督責任のない、ただの非課税資産管理団体として都合よく利用させていいのか。

裁判沙汰になるのは氷山の一角、大抵の被害者はエホバ様の御名のためと言い聞かせて泣き寝入るか、絶望のうちに人知れず組織を去るのみでしょう。

一刻も早く、法改正も視野に入れた司法当局による調査が広く行われてほしいものです。

隠蔽の指示

ここ最近、勢いで書き殴った幾つかの記事を自分で読み返しても、少々やさぐれている。

なぜかというと、ネオさんが晒してくれたも協会の秘密のお手紙です。

統治体支配をアピールする子ども騙しのも記事くらいなら軽いツッコみ感覚で読めるが、こういう手紙は改めて読み直すと吐き気がしそうです。何も知らない哀れな囲いの羊の毛をむしり取って商売するも協会の人間たちは、ますます犯罪隠蔽集団と化している。

目的の1つは、犯罪捜査を行なう世俗の権威との摩擦を回避すること、です。

そのためには何かを知っていることすら、匂わせてはいけません。

審理委員会で扱われているという事実も含め、守秘義務で突っぱねよ、が基本路線。


・何事もそれぞれのケースに特有な内密の守り方について法律部門に指示を仰げ

・も協会の法律部門の指示を仰ぐこと、指示を仰げとの「指示」も内密にせよ

・時間を稼ぐ必要がある場合は弁護士を通すと言え(も協会の名前は出すな)

・捜査令状を取られても、実力阻止はしなくてよいが同意はできないと粘れ


末端長老への指示なので、法律部門とやらにはもっと恐ろしい指示が出てるでしょう。

これ、もう宗教法人格を剥奪した方がいいんじゃないでしょうか。

法律には最低限従うが、エホバ様の至上の権威を優先すると明言している。

信教の自由って法律で保護されるものなので、法律を遵守することが前提ですよね。

宗教法人格と信教の自由をはき違えてないか。

例えば、イスラム教国ではJW布教なんて認められていませんね。それでも何かの方法でこっそり布教しますね。福音を語れと「神に命令されて」いると解釈するからね。そう解釈するのは自由として、その国の法律で認められていないことをするんだから、当然、宗教法人格としての恩恵は受けられませんね。それを「禁令下」って言うんですよね。それに文句を言えますか?

その国の法律で認められていないなら、個人レベルで活動するしかないでしょ。

個人の家で集まる、不動産目的のカネ集めなどしない、できない、形だけアピールの戸別牛歩布教もしない、聖書のみを使って居合わせる人に話す、それが本来のシンプルなクリスチャンだよね。

法治国家で法的恩恵だけ受けて捜査令状には同意するなとか、頭オカシくないか。

そこで 「人間より神に従え」 を持ち出しているが、「内部資料の隠匿を優先し、犯罪捜査目的の令状にも同意するな」 と、どの神が命令してるのかな。このお手紙によると、WT組織神エホバ様はそう命令している神らしいが、聖書の神がどこでそんな命令をしているのかはよく分かりませんね。

「司法当局(人間)より統治体(別の人間)に従え」 なら分かりやすいんですが。

でも上位の権威は悪行者を処罰するために剣を帯びていると、パウロも言ってるよね。

なのに犯罪捜査にも協力せず、まず内部資料を隠匿せよ、なのか。

実力行使をしていないだけで、言ってることの異常さは、もはやかのカルトに近い。

組織の善性

児童虐待問題に対する、とあるリアル信者の典型的な防衛反応。


終わりの日だからサタンも組織に対する攻撃に躍起になっている

邪悪な人間が組織にも入り込んでいる

その邪悪な人間に対処する上で組織はできる限りのことをしている

でも組織も不完全だから対応が十分でないこともある

エホバはすべてをご存じで、犠牲になった人も必ず顧みてくださる

仮に組織に問題があったとしてもエホバがふさわしい時に正される

組織を批判して一致を乱すのはサタンの罠だ

いずれにしても、自分たちはすべてを知らない

だからとにかくエホバにお任せしよう


隙がねぇ・・カルト思考つよい。

この“汚れた世”にはないがどこかにあるはずの、自分の憧れの理想とする完全な善性というイデアなのか、善悪の知を得てしまった人間が永遠に追いかける幻想なのか。

信じたいものを信じるのはいいとして、恐ろしいのはその幻想を維持する代償として、卑劣な犯罪やその実質的な隠蔽まで“不完全さ”と同列に語られ、済まされてしまうこと。すべてをご存じのエホバが気遣ってくださいますよというおまじないで気遣うフリはするが、実は被害者はほぼどうでもよくて、エホバ(組織)の善性を護る方が大事。そういう無責任で無批判な従属が消費者(宗教では信者)を欺く体質につながることは他の組織でも指摘されている。

犯罪を裁き、賠償責任を負わせるのは被害者の救済もあるが、社会的な抑止です。そのために社会的権威は剣を帯びていると新約も教えているが、旧約の「2人の証人」ルールに固執し、そのルールで裁けなければ司法ではなく「エホバにお任せ」することが聖書的だと言う。

律法が与えられた当時のユダヤ人には新約が言う「上位の権威」など存在しない。具体的にそれが何だったかは書かれていないが、「イスラエルの子らに対する裁き」について直接の神託となるウリムとトンミムもあった、そんな時代のルールですけどね。
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