法の限界

自分は直接見知ったJWの過去の犯罪行為を、1年前、実名で警視庁に通報しました。

ブログには具体的に書けません。被害者の洗脳が解けておらず、当人や家族の組織内での居場所を考えて公になることを望んでいないため、被害届けを出していない。

せめて犯罪者側の情報提供ができないかと警視庁に通報しましたが、予想通り、最近話題の親告罪なので第三者の内部告発だけでは動けない、と言われました。ただその種の犯罪は警察も取り締まりを強化している、関連が疑われる別件での被害届けがあれば有力な捜査情報にはしたいと言われたので、その犯罪についての記録、またものみの塔協会がその事実を把握しながら密室の独自委員会で「扱う」よう指示するだけで社会的には何もせず、指導もせず、さらなる被害者を生み出した事実についての記録が保管されているであろう場所も教えました。

もしかしたら任意の事情聴取くらいはあったかもしれません。

これが現行の法制度の限界です。

捜査令状にも同意するな、なので当然、任意の参考人聴取など軽く拒否できる。宗教つよい。

いずれ様々なケースで捜査令状が取られることも想定しての「最新の指示」でしょう。

この手紙を読んでいるであろうJW長老のみなさん、本当にエホバの至上の権威に従うならどうすべきかを考えてください。人間よりも神に従う?・・その「人間」には神名と宗教権威を私物化して、このような厚顔無恥な手紙を書く人間も含まれる、ということも。

霊的パラダイスの実情とは、性犯罪者の隠匿パラダイス。

子どもや家族の幸福のためのアドバイスを~と、無味無臭の偽善カモフラージュで「地域社会に貢献してますよ?」と、何も知らせない奴隷信者に言って回らせる腐れ切った宗教権威。

本当に子どもを守るというなら、組織内で起きた過去の性犯罪の被害者に、プライベートは守る、全面的にサポートすることを確約して、警察に被害届けを出すよう指導せよ。信者である性犯罪者には審理委員会での密室告白だけでなく、自首するよう諭せ。「それはどちらも個人の決定、組織は社会的制裁には関知しない」 と突き放す偽善的指導はやめ、そのような方針を取ってきた、変えようとしなかった指導部はその事実を公に認めて謝罪と共に引責辞任せよ。

する訳ないか。そんな法的責任はないし、守秘義務という聖域もある。刑事責任は問えない。

その代わり、道義的責任を民事で訴えられて裁判まみれになればいいよ。

もうなってるのか。

しかし、も協会を訴える代償として、本来はそのプライベートが絶対に守られるべき被害者が、自らの顔と受けた恥辱を世界に晒すことになる。この組織で守られるのは犯罪者の顔と組織の評判。

虐待の事実は否定できなくなっても、も協会に賠償責任はないと抗弁するのに必死。

教会とはすなわち教会員である、とのバルトの言葉を引用して他宗派の不祥事を声高に非難した団体が、身内の信者が犯した罪を背負えないなら「組織」を名乗るのをやめ、法人格も返上せよ。宗教法人を監督責任のない、ただの非課税資産管理団体として都合よく利用させていいのか。

裁判沙汰になるのは氷山の一角、大抵の被害者はエホバ様の御名のためと言い聞かせて泣き寝入るか、絶望のうちに人知れず組織を去るのみでしょう。

一刻も早く、法改正も視野に入れた司法当局による調査が広く行われてほしいものです。
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隠蔽の指示

ここ最近、勢いで書き殴った幾つかの記事を自分で読み返しても、少々やさぐれている。

なぜかというと、ネオさんが晒してくれたも協会の秘密のお手紙です。

統治体支配をアピールする子ども騙しのも記事くらいなら軽いツッコみ感覚で読めるが、こういう手紙は改めて読み直すと吐き気がしそうです。何も知らない哀れな囲いの羊の毛をむしり取って商売するも協会の人間たちは、ますます犯罪隠蔽集団と化している。

目的の1つは、犯罪捜査を行なう世俗の権威との摩擦を回避すること、です。

そのためには何かを知っていることすら、匂わせてはいけません。

審理委員会で扱われているという事実も含め、守秘義務で突っぱねよ、が基本路線。


・何事もそれぞれのケースに特有な内密の守り方について法律部門に指示を仰げ

・も協会の法律部門の指示を仰ぐこと、指示を仰げとの「指示」も内密にせよ

・時間を稼ぐ必要がある場合は弁護士を通すと言え(も協会の名前は出すな)

・捜査令状を取られても、実力阻止はしなくてよいが同意はできないと粘れ


末端長老への指示なので、法律部門とやらにはもっと恐ろしい指示が出てるでしょう。

これ、もう宗教法人格を剥奪した方がいいんじゃないでしょうか。

法律には最低限従うが、エホバ様の至上の権威を優先すると明言している。

信教の自由って法律で保護されるものなので、法律を遵守することが前提ですよね。

宗教法人格と信教の自由をはき違えてないか。

例えば、イスラム教国ではJW布教なんて認められていませんね。それでも何かの方法でこっそり布教しますね。福音を語れと「神に命令されて」いると解釈するからね。そう解釈するのは自由として、その国の法律で認められていないことをするんだから、当然、宗教法人格としての恩恵は受けられませんね。それを「禁令下」って言うんですよね。それに文句を言えますか?

その国の法律で認められていないなら、個人レベルで活動するしかないでしょ。

個人の家で集まる、不動産目的のカネ集めなどしない、できない、形だけアピールの戸別牛歩布教もしない、聖書のみを使って居合わせる人に話す、それが本来のシンプルなクリスチャンだよね。

法治国家で法的恩恵だけ受けて捜査令状には同意するなとか、頭オカシくないか。

そこで 「人間より神に従え」 を持ち出しているが、「内部資料の隠匿を優先し、犯罪捜査目的の令状にも同意するな」 と、どの神が命令してるのかな。このお手紙によると、WT組織神エホバ様はそう命令している神らしいが、聖書の神がどこでそんな命令をしているのかはよく分かりませんね。

「司法当局(人間)より統治体(別の人間)に従え」 なら分かりやすいんですが。

でも上位の権威は悪行者を処罰するために剣を帯びていると、パウロも言ってるよね。

なのに犯罪捜査にも協力せず、まず内部資料を隠匿せよ、なのか。

実力行使をしていないだけで、言ってることの異常さは、もはやかのカルトに近い。

組織の善性

児童虐待問題に対する、とあるリアル信者の典型的な防衛反応。


終わりの日だからサタンも組織に対する攻撃に躍起になっている

邪悪な人間が組織にも入り込んでいる

その邪悪な人間に対処する上で組織はできる限りのことをしている

でも組織も不完全だから対応が十分でないこともある

エホバはすべてをご存じで、犠牲になった人も必ず顧みてくださる

仮に組織に問題があったとしてもエホバがふさわしい時に正される

組織を批判して一致を乱すのはサタンの罠だ

いずれにしても、自分たちはすべてを知らない

だからとにかくエホバにお任せしよう


隙がねぇ・・カルト思考つよい。

この“汚れた世”にはないがどこかにあるはずの、自分の憧れの理想とする完全な善性というイデアなのか、善悪の知を得てしまった人間が永遠に追いかける幻想なのか。

信じたいものを信じるのはいいとして、恐ろしいのはその幻想を維持する代償として、卑劣な犯罪やその実質的な隠蔽まで“不完全さ”と同列に語られ、済まされてしまうこと。すべてをご存じのエホバが気遣ってくださいますよというおまじないで気遣うフリはするが、実は被害者はほぼどうでもよくて、エホバ(組織)の善性を護る方が大事。そういう無責任で無批判な従属が消費者(宗教では信者)を欺く体質につながることは他の組織でも指摘されている。

犯罪を裁き、賠償責任を負わせるのは被害者の救済もあるが、社会的な抑止です。そのために社会的権威は剣を帯びていると新約も教えているが、旧約の「2人の証人」ルールに固執し、そのルールで裁けなければ司法ではなく「エホバにお任せ」することが聖書的だと言う。

律法が与えられた当時のユダヤ人には新約が言う「上位の権威」など存在しない。具体的にそれが何だったかは書かれていないが、「イスラエルの子らに対する裁き」について直接の神託となるウリムとトンミムもあった、そんな時代のルールですけどね。

馬鹿げた嘘

統治体が児童虐待についてわずかながら公式に何かしら言ったようですが・・

まあ、別に何かを期待していたはずもないが、予想を裏切りませんね。

組織の正当性をただ強弁しただけで、具体的な根拠や事例に全く言及しない。

WTが児童虐待を容認する、大目に見る教えを広めているなんて指摘は誰もしていない。

何回でもいちいち付き合って書きます。

彼らの「悪行者に毅然と対処している」というのは、彼らの宗教裁判ルールで極秘に“扱う”ことです。WT的証拠(本人の自白か2人の証人ルール)があり、彼ら基準で反省不十分とみなされれば排斥もするだろうが、その理由は信者にも世間にも公にならない。


そういう自前の裁判の真似事なら好きにやればいいが、きちんと証言できない、そこにつけこんで誰も見てない所でやることが前提の、子どもをターゲットにした卑劣な犯罪(刑事罰の対象)なんだから「エホバに任せる」だけじゃなく、司法の捜査と判断に任せるよう指導することなんじゃないの、という素朴な指摘です。

犯罪まで独自ルールで処理している、しかもそれを隠しているのを批判されている。


批判されているのは「どうすればともだちができますか」みたいな、JW.ORGでおおっぴらに宣伝する無味無臭の勧誘ネタじゃなく、信者にも世間にも公表しなかった個別の事例だよ。

裁判報道が嘘だと言えない(報道自体は事実と認めることになるのを避けたいのか一切触れず)だろうが、あわよくばそれさえも嘘だと信者には勝手に思ってほしいのか、「エホバの証人は児童虐待を大目に見ている」という背教者の主張は馬鹿げた嘘だ、と言質を取られないようお得意の言葉遊びで論点をずらしている。

もういい加減、そんなヘイトスピーチで不都合な情報をシャットアウトできる時代でもないですよ。

道義的責任

児童へのわいせつ行為に対するJW組織の対応の違い。

・一般の場合(日本で数ヶ月前に実際にあった報道の例)

教職員が女生徒にわいせつな行為 ⇒ 本人と保護者が警察に相談 ⇒ 警察の捜査 ⇒ 証拠十分なら起訴・実名報道(当然加害者のみ) ⇒ 学校が直ちに公式に謝罪・・悪いのはその個人、その悪人がこの素晴らしい学校法人に入り込んでしまっただけで、他の教職員は誠実に児童を指導している、学校に責任はない、とか言わない

これが世間一般の流れなのですが、JW組織ではこうなりません。

・JWの場合

長老・僕が会衆の子にわいせつな行為 ⇒ 本人と保護者が長老に相談 ⇒ 内部ルール(2人の証人か自白の有無)による組織の調査 ⇒ JW的証拠十分・不十分に関係なく公表も謝罪もしない

極刑の排斥でもその理由は世間にも会衆にも発表されず、社会的には守ってあげています。復帰や役職への再登用も組織のさじ加減一つです。

被害者が望めば警察に相談も可能ですが、その選択肢があることを説明する・サポートをすることは一切せず、仮に聞かれても自己責任と突き放されます。そんな対応をされて警察に行くとか、民事で訴えるとか、一般的にも被害を訴えにくいことにつけ込む犯罪なのに、さらにこの特殊な組織で教化された人はまずしません。世間に明らかになるケースは氷山の一角かもしれません。

前にも書きましたが、刑法に違反する行為でもそれを知り得た第三者に通報する義務はありません。まして強制わいせつは親告罪です。さらに宗教上の職にある人は、教団の内部調査や宗教上の告白の有無について、警察相手だろうと守秘義務を盾に捜査協力を拒む権利が(たぶん)あります。学校とは違います。宗教つよい。

でもその傲慢で非協力的な態度を理由に、民事では道義的責任を問題視され手痛いしっぺ返しをくらっているようです。

神の組織が聞いてあきれる。「この世」の公正の方がまだ捨てたもんじゃないですね。

これは何度でも言いますが、大人同士の姦淫は宗教上の罪(暴行等の特殊な場合を除き刑事罰の対象外)ですが、保護者以外による児童へのわいせつ行為は犯罪です。

聖書的には大人同士の姦淫と同じ「淫行」だから、長老だけに告白してJWルール通りに裁いてもらい、すっげぇ悔い改めればだれにもバレずに許される、と勘違いする人間を生み出しかねないシステムです。法の素人による小1時間の非公開審問では、結論ありきの宗教冤罪も容易にでっち上げてしまう一方、逆に罪を犯した方が受け答えのポイントを押さえて欺くことも割と簡単です。


宗教的にはそういうお粗末な内部システムでも好きにやってもらっていい訳だが、児童に対する卑劣な犯罪行為まで野放しにされたらたまったもんじゃないですね。その義務はなくとも、被害者には警察に相談する(被害者のプライバシーは保護される)こともできると勧めた上で、本人がそれを望むなら支えになってあげるのが宗教者の道だと思いますけどね。至高の神の権威を騙って司法のまねごとをしても弊害を生むばかりです。

クリスチャンが「キリストを信じる」より他に、何かの組織やら教団やらの「名」をいたずらに背負ってはならんのだと、この組織が生み出す実を見てしみじみ思います。その組織の評判=神の御名になり、不祥事を極秘に処理することがランクの高い特権や神聖な奉仕と勘違いする枠組みという実を。 
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