善人と悪人

仏教との比較をさらに一つ。


⑤ 人の命を簡単に判断しない


これもけっこう大きな違いです。キリスト教では善人は天国、悪人は地獄です。しかもその境目はキリストを信じたか、洗礼を受けたか、くらいのことで人の命がいとも簡単に判断されます。

エホバの証人ハルマゲの場合、JWトウチタイを経路と認めてJW洗礼を受け、そしてハルマゲ時に信者としてきちんと活動しているかどうか、になります。

そんなんで生かす殺すを判断しないのが仏教です。


もちろん、仏教にも地獄の教えはありますが、キリスト教の地獄が「司牧的なお話」になりつつあるのと同じで、そのまんま信じている仏教徒もそんなにいないでしょう。

ただ、そこで描かれる「裁き」がキリスト教とは違います。

仏教の場合、諸説ありますが、少なくとも、仏教徒であるかどうか、まして何か特定の宗派に帰依していたかどうかで裁かれる、という教えはありません。そうやって信者を脅して縛っているのは、キリスト教系で言えばエホバの証人、仏教でも過激なカルト系団体だけでしょう。


一説には、閻魔様がその人の一生を映し出す鏡を見せて、己で決めさせる話もあります。

戸愚呂弟みたいに、そんなの見せてもらうまでもなく、己のこと、己がしたことは知っていると、最も苛烈な刑を自ら選んで、逆に「本当にそれでいいのか?」と気遣われてしまう、ああいうシーンは仏教的ですね。(知らない人すみません)


そもそも、善人とか悪人とか、簡単に判断しないのも仏教の特徴です。

そんな二元論で単純に、人って「分けられる」ものではないですよね。

これはイエスも本来説いていたことで、「律法の戒律やルールを守っていれば善人」という、新約で描かれるファリサイ主義、現代のJW戒律主義を否定したのが、その教えです。

「罪人のわたしをお赦しください」と祈った人ほど義にかなっている、という逆説。

こういう逆説は親鸞も語っていて、「善人なほもて往生をとぐ、いわんや悪人をや」は有名です。その歎異抄を読んでいると、悪人だから悪を為す、のはただの循環で、弟子?の唯円に、わたしが「千人殺せば救われる」と言ったらお前はそれができるのか、と問う場面があります。


旧約のダビデは「百人殺してこい」と言われたら二百人殺してきましたけどね。


70億を虐殺するエホバを絶対至高神として崇め宣伝する狂気のJW・・今は輸血拒否戒律で子どもや家族の命を見捨てるくらいで、ヒツジの覆いをつけているように見えるのかもしれないが、「命令されれば何をするか分からない薄気味悪さ」を指摘されても、仕方ないですね。
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違法布教

中国で捕まったキリスト教系団体の日本人信者がエホバの証人なのか、おそらくそうなのだろうが、自分には断言できる材料はないし、そこまで追求する気もない。

ただ、エホバの証人が中国に目的を偽って入国し、違法布教をしているのは事実。


中国ではれっきとした違法行為。犯罪です。

犯罪に重い軽いはあるが、いい悪いはない。

窃盗も、違法布教も、違法は違法。

自分たちの大義があれば、違法行為まで奨励する。

過激な宗教って、このことですね。


これがエホバの証人としても、それをJW.orgで公表し、信教の自由の侵害だと騒ぐことはしないだろう。

至上者エホバ様の命令に国境も国籍もないはずで、布教の自由が全世界で認められるべき普遍の正義なら、習近平に「外国人に布教の自由を認めろ」とお手紙テロをさせてもよさそうですが。

結局、WT上層部も「政治的な判断」というダブルスタンダードで動いているだけ。


外国人信者が中国で捕まっても、公表もされず、お仲間さんに祈ってももらえない。

ただの使い捨てだね。


どこの団体さんにしろ全員解放されたみたいで、それはよかったです。

戒律違反は即刻処刑の旧約エホバ様より、習近平の方が大人です。



もし中国政府が「西側の宗教」による布教活動を本気で取り締まり出せば、JW違法布教も厳しいだろうね。

ロシアでは法人解散。

13億を超えるインドでもわずかなクリスチャン相手にちまちまやってるだけだろうし、人口増加を続けるイスラム圏は全くの論外。

これが、アメリカ発祥のアメリカ白人が作ったキリスト教原理主義団体の限界ですかね。


これでハルマゲするなら、「彼らのイエス様」はこの100年、何がしたかったんだろうか。

悪魔の証人

中野っちさんブログで今年の大会ファイナル動画がリークされていた。

奴隷信者相手には、恒例の「今年が最後の大会か」の煽り効果はあるんでしょう。

醒めかかってる信者さんは逆に引くんじゃないかと思うんですが、それも計算なのか、大した寄付も布教もしてないと思われる「生ぬるい」信者はどうでもよく、もう何があろうとも絶対についてくるコア信者を煽って絞るだけ絞りとろうとする、統一教会路線でゆくんでしょうか。


それはもうどうでもいいんですが、こういう動画を醒めてから見るたびに思う。

結局、ハルマゲで救われたいだけ、死にたくないだけ。

ほんとうに今さらだが、これだけの宗教だったのかと。

この宗教から「信者だけが救われるハルマゲ」をとったら何も残らない。

哀れな宗教だ。


ほんとうはやりたくもないほうし

やりたくもないわりあて

いきたくもないしゅうかい

なかよくしたくもないしまい

したがいたくもないちょうろう


じゃあ ほんとうにしたかったことは?


ほんとうはやりたかったぶかつ

いきたかったがっこう

やってみたかったしごと

すみたかったいえ

いきたかったりょこう


すべて ぎせい にするんだよね しなないために


『皮のためには皮をもってしますので、は自分の魂のためなら、持っているすべてのものを与えます』


悪魔さん あなたは正しかったよ

ほろび で脅せば ひとは持っているすべてのものを捧げてくれる

エホバの証人という宗教が見事に証明してくれた 


『自分の魂を救おうと思うものは、それを失うのです』


そしき に魂を売り渡して失った操り人形の 悪魔の証人たち

正当な怒り

④ 「正当な怒り」は存在しない

これがけっこう大きな違いですが、キリスト教では「神」とかいう空前絶後な(笑)存在がいて、その神が「自分の規準=ルール」に基づいて、そこから外れた人間に怒り、そして場合によっては殺すことさえ正当なこととされます。

しかもJW部族神の場合、殺す規準になるのは、隣人愛を表しているかどうかではなく、神聖なはずの自分の名前がなぜか安っぽくカタカナ変換されちゃった(しかも誤読)エホバの証人という団体に入信しているかどうか、になるらしい。イスラム国の戦闘員よりおっかない神様です。


今になって冷静に考えると、おそろしい教えです。


仏教では、神だろうが仏だろうが、正当な怒りは存在しません。自分と意見が違う人間を「憎む」ことは殺人につながり(それはイエスも教えている)、結局は世の中の人間すべてを殺さなくてはならなくなります。それがJWの宣伝するエホバであり、そのエホバがやらかすハルマゲドンです。


だからJWに騙された、JWに洗脳された狂信毒親に酷い目に遭わされた、などの「怒り」は当然のものですが、「自分が正しいから」怒っている、にならない注意は必要です。

何度も薬害の例を出しますが、被害を受けた人は「自分が正しいから」怒っているのではなく、自分が受けた被害という事実に基づいて怒り、訴えているだけです。副作用が出なかった他人に「間違っている!」と怒っても意味がありません。


JW批判は対価を払って経験した人に書く権利がある「口コミ」に似ています。それでも、それは「その人の真実」であって、自分と異なる口コミがあってもいい訳です。JWで刷り込まれた「自分は絶対に正しい」が抜けないと、自分が「間違っている」と思うことを次から次にターゲットにしなくてはならなくなります。

まして経験してもいない人が伝聞だけで絡み始めると、収拾つかなくなります。



○○会論争とか(大汗)



JWで味わった痛みの程度は人それぞれですが、JW批判は経験者(非信者で迷惑を実際に被った家族の人など含む)が口コミ程度に吐き出すのがいいと思います。そこに残りの人生の大部分を関わらせるほど、虚しいものはありません。

よくポジティブとかネガティブとか、さも高尚な精神論も目にすることがありますが、所詮はただのブログで、しかもどうしようもないJWネタを書くときくらいネガティブでいいじゃんね、くらいのポジティブさ(笑)があっていいと思います。


JWブログを書いている人たちの多くも、ブログを書いている以外の人生の大部分では、前向きに楽しく生きている人たちではないかと願います。(実際は知りませんが)

言葉と真理

③ 言葉にも「絶対」はない


道元の記事でも書きました。開祖のお釈迦さまもそう言っています。

仏教は「書物権威」ありきの宗教ではありません。(仏教での)真理である「空」や「縁起」をただの言葉で表し尽くすことはできないので、お釈迦さまも「わたしがこう言っているから」真理なのではなく、真理は己で悟らねばならない、と教えたらしい。

「関わり」こそが真理なので、一人の悟り(スピリット)がその人の言動に表れて波及することはありますが、言語も相対的なので、誰かが何かの言語で「こう書いた」ことが真理である、という固着化・教条化を否定します。そういう他人の言葉を借りるだけの浅はかで、しかも押しつけがましい広め方はするな、が開祖の教えです。

言葉自体が「真理」なのではなく、言葉はそれを指し示す「ヒント」にすぎない、それが以前の記事にも書いた「指月の譬え」です。

とはいえ、仏教の人は聖書を「悪魔が創作した偽りの宗教本」とは中傷せず、教えが違うところは違うと言いますが、聖書(特にイエスの教え)にも真理を悟るためのヒントがちりばめられていることも認めて、説法でイエスの譬えを引き合いに出すお坊さんも普通にいます。


・・そのはずが、仏教もキリスト教と同じく、日蓮や親鸞など、本人たちには会ったことないので分かりませんが、その「真の弟子」(笑)と称する者たちが狭量なカルト化する土壌にはなっています。とにかくやたらと「真の宗教」「真のキリスト教」など、真の~と自己言及したがる宗教ほど全体主義で強圧的でカルト要素が強い、と知っておけばまず間違いはありません。


無教養JWはヘブライ語が神と人間のコミュニケーションツールとして完全な言語?であり、楽園行ったらみんなヘブライ語だね、と聖書にさえ書いていない(笑)幼稚なことを言いますが、考古学・言語学ではそんな根拠はどこにもありません。

表記言語としてはメソポタミアの楔型文字の方が余裕で古いことは周知の事実ですし、古ヘブライ語には、それより古いシュメールやアッカド語から輸入された語彙も普通にあります。


さらに続きます。
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